すこし歩こう
物語は笛吹優子という女性の経歴から住居の場所まで克明に描写していくのです。
まだ暑い夏が続く八月の終わり頃、女優で作家の笛吹優子は下北沢駅北口から商店街に出て、花泥棒という喫茶店でシナリオ・ライターの三崎と落ち合います。共通の友人である映画監督の新作について三崎は話し、優子はその映画が自分を主役にした作品で、三崎の俳優としてのデビュー作になることを知ります。作家と脚本家である二人は小説論を話し、彼女は自らをもフィクションにして、そのフィクションの自分が小説を書くと話します。そうして物語は笛吹優子という女性の経歴から住居の場所まで克明に描写していくのです。それこそが小説であるというように。
底本:『恋愛は小説か』文藝春秋 二〇一二年
初出:「文學界」二〇一一年九月号
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