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小説

卵がふたつある

住んでいた痕跡は場所だけでなく人にも残り、そこに小さな物語が生まれます。

夏の終わり、二ヶ月前に引っ越したばかりの写真家、橋本真利子は、前に住んでいた町にいます。馴染んでいた商店街のカフェで、まだやっているはずと確信したかき氷を食べて、それを写真に撮ります。カメラは50ミリのマクロレンズを付けた小さなデジカメです。彼女は、こんな風に、前に住んでいた場所に少し時間を置いて訪ねるのが好きなのです。かつて自分がいて、馴染んでいた場所が、今では関係ない別の自分であるということ。しかし、住んでいた痕跡は場所だけでなく人にも残り、そこに小さな物語が生まれます。これは地縁についての小説です。

底本:『恋愛は小説か』文藝春秋 二〇一二年
初出:「In The City 第二集」二〇一一年四月二十八日

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