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小説

鯛焼きの孤独

体験の記憶は既に自分が消えて記憶だけになり、だからそれは小説になるのかもしれません。

 大通りの交差点にある、大量注文の時以外には1匹ずつ手焼きする鯛焼き屋で、二十七歳の小倉美加子は働いています。実は彼女は元ヴィデオシネマの女優であり、その当時に買ったハーレーに乗り、そして、今は鯛焼きを焼きながら、次に書く短編小説のことを考える作家でもあります。彼女は、頭の中で自分の記憶が小説になるのかならないのかを考えています。鯛焼きの餡を作ってくれる職人のお爺さんの話、女優時代にうまがあった監督との体験の話。体験の記憶は既に自分が消えて記憶だけになり、だからそれは小説になるのかもしれません。

底本:『木曜日を左に曲がる』左右社 二〇一一年

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