3月13日 フィクション 1
「お酒を一杯だけ、つきあってほしいの」
と、彼女は、電話のむこうで言っていた。
長距離電話のような、遠い声だった。
「今日の夕方の、時間のご都合は、どうかしら」
と、彼女は、きいた。
彼女の質問に、ぼくは、微笑した。ぼくの時間の都合など、どんなふうにでも変えることができる。
「時間は、いくらでもあります」
ぼくは、そうこたえた。
「お忙しいのでしょう、ほんとうは」
彼女が、言った。
「…
底本:『すでに遥か彼方かなた』角川文庫 一九八五年
前の作品へ
次の作品へ