VOYAGER

片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

そら、そこに空がある 巨大だった月

 月が現在よりもはるかに巨大だった頃の記憶が、僕の内部にいまでも鮮明にある。現在の月は、小さい。月は地球から、すこしずつ遠ざかりつつある。一年にどのくらい遠くなっていきつつあるのか、正確な距離が計測されている。七センチくらいではなかったかと、僕は思う。現在の月は、明らかに去っていく月なのだ。いまの僕たちは、じつは、去っていく月を見送っている。
 月はかつてすさまじく巨大だった。その巨大だった月を、僕は記憶している。巨大な月を実際に肉眼で見て、その体験を記憶しているのではなく、何万年も昔の人が見た巨大な月の記憶が、僕に伝え…

『トランヴェール』一九八九年八月号