その写真機を、ください 第二回 ニコンF
一九七二年のサンフランシスコで僕はニコンFの黒塗りのボディを買った。写真機・機材店に入ってあれこれ眺めていたら、棚の片隅に黒いニコンFのボディがあった。手に取って観察すると、新品同然と言うよりも新品そのもののようなきれいさだった。傷や汚れはどこにもなく作動は完璧、そしてプリズムもフォーカシング・スクリーンも、夢のように無垢だった。店主が自作したとおぼしき、茶色のボール紙によるボディ・キャップがはめてあった。
これは買わなければならない、と僕は思った。自分のものとして欲しいという欲求からではなく、これはいまここで自分が…
『ラピタ』一九九七年四月号