片岡義男のぼくのお気に入り道具たち まず彼女がとり出したのは、エスビットのポケット・クッカーだった…
彼女のクーペで、ぼくたちは海沿いの国道を走っていた。彼女が運転し、ぼくは助手席にいた。海は、太平洋だった。ぼくたちは西にむけて走っていたから、海は、ぼくのすぐ左側に見えた。
二月の終りちかくだった。雨が降っていたことを、いまでも鮮明に覚えている。寒くはないが、まだ気分は冬だった。
午後になってすぐに走りはじめ、三時をすぎて雨はあがった。海に沿った国道を走りながら見る景色は、とりたてて美しいものではなかった。だが、市街地を遠く離れているために交通量はすくなく、複雑な海岸線の地形に忠実に沿いながら、日本の…
『BE-PAL』一九八三年四月号