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評論・エッセイ

丁寧に誠実に淡々と

 彼は二十五歳で結婚した。奥さんはひとつだけ年下だった。結婚してちょうど三十年が経過し、彼は五十五歳になった夏のある日、奥さんは急性の心不全でこの世を去った。彼女の死そのものが、一瞬の出来事だった。その一瞬を境にして、彼女の命は生から死へと切り替わった。
 それから三年が経過し、いま彼は五十八歳だ。独身の静かなひとり暮らしで仕事を続けている。いつものように電車に乗るため、彼は自宅から駅へ歩いた。駅前の道の横断歩道は赤信号だった。彼はそこに立って信号が代わるのを待った。横断歩道を越えたところが、駅の改札へと上がっていく階段へ…

『酒林』第八十六号 二〇一三年十一月

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