いまから三十年ほど前、まだ鰯が大量に収穫され、その多くが飼料になっていた頃、漁港を見たくなった僕は東京駅から電車に乗り、千葉県の銚子港までいってみた。寒くも暑くもない、薄いウールのジャケット一枚で快適だった季節、銚子港は人影なくもの静かに横たわる漁港だった。
僕はひとりで港のあちこちを歩きまわった。漁港はいたるところが漁港であり、そのことは僕にはたいそう好ましく、僕は港で充実した時間を過ごした。最後に岸壁まで戻って来たとき、一隻の鰯漁船が横づけとなっていて、クレーンでその船から岸壁のトラックへと、鰯が陸揚げされていた。…
『酒林』第八十五号 二〇一三年一月一日