散歩して迷子になる 6 神保町に最後の露店が二軒あった頃
すでに書いたかと思うが、僕の基本は東京の坊やだ。それ以外のなにものでもない、とつくづく思う。坊やとは、お坊ちゃんという意味ではなく、まったく普通のただの男のこ、という意味だ。赤子そして幼子として、戦中の日本を東京でかすかに体験しているその坊やが物心ついたのは、一九四五年八月六日のことだった。
アメリカ軍による大空襲を逃れて、僕は東京から山口県の岩国へ移った。そこは祖父の出身地であり、僕は祖父を中心にした親族の人たちと、生活をすることになった。八月六日は、じつに美しく晴れわたった、見事なまでの夏の日だった。その日の朝、祖…
『図書』二〇〇八年九月号