丁寧さと正確さ、そしてご理解のはざまで
「まもなくしての発車となります」
とアナウンスされるのを僕は初めて聞いた。これは記念すべき出来事だ。二〇二〇年三月十六日の午後六時過ぎ、東京の町田駅小田急線上り各駅停車新宿行きの列車が停止している車輛内での、男性の車掌によるアナウンスだった。
「まもなく発車します」という言いかたはもっとも正しい日本語だが、乗客には言葉でも丁寧に接しようとするとき、この言いかたは、センテンスを構成する各語がどれもみな、あまりにもあらわなのではないか。
まずなによりも「発車」という動詞がむき出しだ。そのむき出しのま…
初出:『サンデー毎日』二〇二〇年五月三十一日号(「コトバのおかしみ・コトバのかなしみ」50「丁寧と正確と理解のはざまで」)
底本:『言葉の人生』左右社 二〇二一年
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