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評論・エッセイ

「俺」はしぶとく生きのびる

 自分を意味する「俺」という言葉は、国語辞典ふうに解説するなら、同輩や身内の人たち、あるいは目下の人たちのなかでのみ用いる、くだけた自称だ。オレオレ詐欺は「俺」という言葉が身内でいかに多用されているかの証明だろう。
『俺は待ってるぜ』という歌謡曲がこの日本でヒットしたのが一九五七年のことだったという。石原裕次郎というおなじ歌い手による『俺はお前に弱いんだ』が多くの人に受けとめられたのは一九六〇年代なかばではなかったか。「遅くならないうちに今日はこのまま帰ろうね」という台詞が冒頭にあった。
 おなじ歌手によって、…

初出:『サンデー毎日』二〇二〇年五月三日増大号(「コトバのおかしみ・コトバのかなしみ」47「虚実さまざまに生き延びる『俺』」)
底本:『言葉の人生』左右社 二〇二一年