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片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

まもなくの発車となります

 いつもの小田急線の上り各駅停車に僕は乗る。電車は空いている時間だ。座席にすわってぼんやりしながら、男性の車掌による車内アナウンスを、聞くともなく聞く。次に停車する駅名を告げたあと、「お出口は左側です」と彼は言う。この場合の「お出口」とはドアのことだ。そして左側とは、その電車の進行方向に向かっての左側、という意味だ。ドアとは言わず、「お出口」と言ったほうが好ましい場面の要請に合わせただけなのだが、日本語の使いかたの具体例のひとつとして、かなり高度だ。
 この日本語の車内アナウンスに続いて、外国人女性による録音アナウンスがあ…

初出:『サンデー毎日』二〇一九年十二月一日号(「コトバのおかしみ・コトバのかなしみ」26「省略と婉曲がわからなくさせる」)
底本:『言葉の人生』左右社 二〇二一年