いまから二十八年まえ、編集者と写真家そして僕の三人は郡上八幡にいた。月刊誌『太陽』の連載のための材料を探していた。町のどこだったかは覚えていないが、街灯が僕は気になっていた。二十八年前のそのときからすでに、三十年は経過していた、と僕が思ったほどに古いその街灯には、過ぎ去った昔の日本の風情があった。
　半透明なカヴァーをつけた蛍光灯のすぐ下に、鉄製の丸い広告板が下がっていた。ぜんたいを赤錆が覆っていたが、それがコカ・コーラの広告板であることは、すぐにわかった。コカ・コーラのあのロゴが、赤錆に覆われたえんじ色の丸のなかにあり…

初出：『サンデー毎日』二〇一九年八月十八・二十五日合併号（「コトバのおかしみ・コトバのかなしみ」12「さわやかな人のさわやかな飲み物」）
底本：『言葉の人生』左右社　二〇二一年