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評論・エッセイ

「珈琲」のひと言ですべてが通じた時代

 喫茶店で席にすわり、水の入ったグラスを持ってきたウエイトレスに、「珈琲」と伝えれば、やがて運ばれてくるその珈琲の出来ばえは問わないとして、すべてはこのひと言で完結した時代がかつて日本にあった。戦後の世のなかに珈琲が出まわり始めてから、一九六〇年代を中心に、一九七〇年代なかばくらいまでの時代だ。
 このような時代が終わったのを個人的に実感したのは一九七三年だった。仕事の打ち合わせのために編集者がどこかに入ろうと言い、近くに見つけた喫茶店に入り、いつものとおり「珈琲」と僕が言ったら、「豆を選んでください」と、カウンターのなか…

初出:『サンデー毎日』二〇一九年六月二日号(「コトバのおかしみ・コトバのかなしみ」1「選ぶ自由と選ばされる不自由」)
底本:『言葉の人生』左右社 二〇二一年

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