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評論・エッセイ

居酒屋の壁から 2

 この本のなかに、「神保町 1」と「神保町 2」の章がある。そこに僕が書いた時代の喫茶店のコーヒーは、煮出しきりスタイルとでも呼べばいいか、たいそう濃くて苦いだけではなく、コーヒーというものが持っている良くない要素のすべてが、煮出しきりによってくまなく抽出された、あの時代の東京珈琲だった。二十代の僕はその時代のまっただなかで、喫茶店をはしごしては、フリーランスの書き手としてのさまざまな原稿を、コクヨの小さな二百字詰めの原稿用紙に、主として鉛筆で手書きしていた。
 はしごはお昼過ぎから夕方まで、五軒、六軒と続いたのだが、コー…

初出:『図書』(「散歩して迷子になる」二〇〇八年四月号〜二〇一一年七月号に連載)岩波書店
底本:『言葉を生きる』岩波書店 二〇一二年(初出を大幅に改稿・加筆)

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