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評論・エッセイ

居酒屋の壁から 1

 昨年の夏に僕はしばしばその店の客となった。その店とは、いま住んでいるところから各駅停車の電車でひと駅の、リトル・トーキョーと僕が呼んでいる街にある、居酒屋だ。現在の住まいに僕が三十年近く前に引っ越して来た頃、その店はすでにそこで盛業中だった。リトル・トーキョーとは、東京の西の端に位置して、そこよりさらに西の各地に住む人たちにとっては、東京の出島のような役割および性格を持った街、というような意味だ。
 普段は歩かない一角にその店はある。十年ほど前は、郵便局へいくたびに、その店の前を通った。おそらくそのとき、僕の意識と無意識…

初出:『図書』(「散歩して迷子になる」二〇〇八年四月号〜二〇一一年七月号に連載)岩波書店
底本:『言葉を生きる』岩波書店 二〇一二年(初出を大幅に改稿・加筆)

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