テディというやつ
ペンネームが必要になったのは一九六二年のことだ。雑誌『マンハント』に僕にとって最初の仕事となった翻訳が掲載されたすぐあと、自前の文章による連載コラムが始まることになった。翻訳した短編は、英語で書かれたアメリカの娯楽小説を、可能なかぎり難のない日本語に移し換える、という能力を発揮した結果の、ひとつの仕事だった。翻訳した自分は黒子のつもりだったが、現実の自分のすんなりとした延長上に成立した現実の出来事だったから、その翻訳者つまり僕の名前は、本名のままでよかった。
始まることになった連載コラムは、もっとも広い意味でとらえて、…
初出:『図書』(「散歩して迷子になる」二〇〇八年四月号〜二〇一一年七月号に連載)岩波書店
底本:『言葉を生きる』岩波書店 二〇一二年(初出を大幅に改稿・加筆)