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評論・エッセイ

十年一滴

 岩国で六年、そして呉で三年を過ごしたあと、十三歳となった僕は一九五三年の夏の終わりに、家族とともに東京へ戻ることになった。東京へは当時の国鉄・呉駅から汽車で向かった。何人かの人たちがプラットフォームで僕たちを見送った。汽車が動き出した瞬間、子供の僕が親しんできた方言の世界は終わった。方言を喋る日々から、僕はその外へと、決定的に出た。ある日、ある時、突然にそうなり、それ以後おなじ方言の世界へ戻ることは、二度となかった。
 方言による生活の終わりかたの、それ以後とのくっきりとした境目、そしてそれ以後まったく接点のないままとな…

初出:『図書』(「散歩して迷子になる」二〇〇八年四月号〜二〇一一年七月号に連載)岩波書店
底本:『言葉を生きる』岩波書店 二〇一二年(初出を大幅に改稿・加筆)

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