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評論・エッセイ

東京の坊や

 すでに書いたとおり、僕の両親は東京になんの根っこも持ってはいなかった。近江八幡の人とハワイの人とが岩国で結婚し、東京へと出て来て目白に住み始めた。東京へ出て来たこと、そしてそこでの住まいが目白駅から歩いて七、八分のところだったといったことには、母親の意志が強く働いていたと僕は思う。選択肢はこれしかありません、という母親の意見に父親はしたがったのだ。
 赤子の僕にとって、そのような両親は、もっとも身近にいた他者だった。身近な存在であっただけに、そして最近親者であっただけに、生まれたばかりの僕にとって、彼らは究極的に他者であ…

初出:『図書』(「散歩して迷子になる」二〇〇八年四月号〜二〇一一年七月号に連載)岩波書店
底本:『言葉を生きる』岩波書店 二〇一二年(初出を大幅に改稿・加筆)

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