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片岡義男.com 全著作電子化計画

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評論・エッセイ

You and I

 僕がめでたく赤子となったのは、東京・信濃町の慶應病院の産科でだった。東京でもっとも安心の出来るところで産みたい、という母親の希望でそうなったという。数日後の僕は目白の自宅に移っていた。文字どおり生まれて初めての自宅なのだから、戻ったとか帰ったという言いかたは当てはまらない。しかも僕自身の意思は介在していない。こんな状況を、ごく普通の日本語で、どのように言えばいいのか。連れていかれた、だろうか。大学病院の産科が多少とも抽象的な場所だったとすると、目白の自宅はその反対の具体的な場所なのだが、そこは赤子の僕にとって、連れていかれた場所だっ…

初出:『図書』(「散歩して迷子になる」二〇〇八年四月号〜二〇一一年七月号に連載)岩波書店
底本:『言葉を生きる』岩波書店 二〇一二年(初出を大幅に改稿・加筆)

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