夏のエッセイ|“タグ”をつかって読む|01

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▼8月|片岡義男エッセイ365|夏のエッセイ

8月は、夏をめぐるエッセイを中心にお届けしています。

過去に書かれたエッセイを毎日一編公開する「片岡義男エッセイ365」は、昨年の秋にスタートしました。季節に合った一編を探しながら秋冬春夏と四季をひとめぐりしてみると、やはり、断然、夏が多いことがわかります。冬は探せど探せどなかなか見つけられませんが、夏は初夏から晩夏まで、様々なニュアンスで登場します。

エッセイの末尾に、毎回関連するキーワードを「タグ」として付しています。たとえば今日のエッセイ「水鉄砲を買う人」で「夏」のタグを選んで下のようにクリックすると、公開済みの“夏のエッセイ”が一覧になって表示されます。

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秋、冬、春のタグでも見てみると… 季節の微妙なニュアンスを4つのタグに収めることの限界もありますが、こうやって見てみると、夏(太陽?)に近づくにつれ季節のエッセイが増え、遠のくにつれ減っているような……。

いずれ読む人が自由にタグをつけられるような場が実現すれば、もっとおもしろい発見があるのでは、と思います。編集部によるタグはまだカテゴリーもまちまちな試験段階ですが、季節や書名のタグは少しずつ充実してきています。今日のエッセイでは、「少年時代」のタグがおすすめです。

 南とか夏とかは、ぼくにとって非常に重要な意味を持っているようだ。理屈をこえたところで夏や南が好きなのだが、あえて理屈で説明するなら、夏も南もぼくにとっては、感覚の自由な解放に大きな役を果たしている、ということが、はっきり言える。
 ぼくの体質、さらには感覚の質のようなものが、夏や南と相性がよく、自分と相性のいい気象条件あるいは季節的な条件のなかにぼくがいるとき、そして地理的な条件が小さな島だったりすると、もう最高にいい。

小さな島にいると自分がよくわかる、という話|8月3日/エッセイ365 |片岡義男

2016年8月21日 21:47