今日のエッセイ|エフェクトの影|その光を僕も見た

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 5歳だった片岡義男が、疎開先の岩国で原爆の光を見たのは71年前の今日でした。

*作戦を実行したエノラ・ゲイ搭乗員たち。

▼8月6日|片岡義男エッセイ365|その光を僕も見た

 冒頭で登場するエノラ・ゲイの副操縦士ロバート・ルイスの日誌は、1971年にパークバーネット社のオークションにかけられ、その内容が公開されました。

 2002年に再度オークションに出品された際の目録が競売大手クリスティーズのサイトに残されています。

[WORLD WAR II, HIROSHIMA BOMBING]
LEWIS, Robert A., Captain, U.S. Army Air Corps, Co-pilot of the B-29 bomber the Enola Gay.

「これは、人類がこれまで可能と考えてきた経験を超えている。クルー全員がそう感じているに違いない。理解するのはまったく不可能のようだ。一体我々は何人の日本人を殺したのだろう? 正直言って、このことを説明するために言葉を探しているような感じだ。神よ、我々はなんということをしてしまったのか?」[翻訳参照:AFP通信 2015/4/30

 “I am certain the entire crew felt this experience was more than anyone human had ever thought possible. It just seems impossible to comprehend. Just how many did we kill? I honestly have the feeling of groping for words to explain this or I might say My God what have we done.”WORLD WAR II, HIROSHIMA BOMBING:Christies.com]

投下直後、ロバートは”My God ! “と叫んだといわれますが、搭乗員の証言は、その後に続く言葉が”見ろ、やったぞ!”だったという説と”なんとことをしてしまったんだ!”という説の2つに分かれました(朝日新聞1999/8/2)。

この時の搭乗員は10人。最後の生存者だった航法士セオドア・バンカーク(2014年、93歳で死去)の生前のロング・インタビュー「エノラ・ゲイ元航空士が遺した、原爆の「過ち」と誓い 」が、昨年8月6日の日経新聞アーカイヴに残されています。

「気の毒(sorry)」という言葉の意味合いを確かめるため、「個人に謝罪(apology)しなければいけないという意味か」と尋ねた。同氏は「謝罪とは違う」と答え、「もし謝罪すれば、(勝算がない戦争を続けた)日本の指導者が果たした役割についてまで責任を負うことになる」と説明した。2015/8/6:日本経済新聞]

片岡義男が原爆の原因(コーズ cause)と結果(エフェクト effect)を論じた「広島の真珠」を思い起こさせる一文でした。

日誌を残したロバート・ルイスは、真珠湾攻撃の後に入隊を志願、B29の陸軍航空隊に選ばれています。終生、自分が英雄なのか、悪魔なのか、苦しんでいたといわれます。1983年に65歳で死去(1983/6/20:NYT, 1999/8/2:朝日)。片岡義男が見た光を機上から見たロバートは、日誌の続きに「もし私が百年生きることになるとしても、あの数分間を忘れることはないだろう(If I live a hundred years I’ll never quite get those few minutes out of my mind…)」と書きのこしました。

▼5月27日掲載|片岡義男エッセイ365|広島の真珠

(上記画像クリックすると本がひらきます)

本当にヒロシマを語れるか?:Romancer「いろいろ情報」

2016年8月6日 08:00