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書き下ろし新刊『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』ができるまで [1]

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2016年2月20日、片岡義男さん書き下ろしの小説『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』が光文社より発売になります。新刊の担当者に制作の舞台裏を伺う企画・第2弾は、本書の編集者・篠原恒木(しのはら・つねき)さんに、企画のはじまりから校了までの出来事を綴っていただきました。[全6回・連日掲載]

全6回| 1 2 3456
コーヒー_トップ2
 

そもそものきっかけは、やはりコーヒー

 最初は、片岡さんのお好きな音楽、それもレコードで、何かを書いていただけないかと思いました。できれば、そのレコードと片岡さんが実際に体験されたことが密接にシンクロしている物語を読んでみたいと、きわめて勝手に考えたのです。

 僕にとって、片岡さんが20代だった頃のことは謎に満ちていました。作家デビューが1974年、34歳のときですから、それ以前、20歳から33歳までのことは、今まで断片的にしか書かれていません。どこで何をして、そしてどんな曲を聴いていたのか。

 その期間に発表され、流通していたレコードと、片岡さん自身の物語をぴったりと貼り合わせて書いてもらえれば、従来にはなかった「私小説」が生まれるのでは、と思ったわけです。片岡さんは、あからさまな「私小説」をまとめては書いていませんでしたから、そのことへの好奇心もかなりありました。

 「レコードを媒介にして、ご自身の物語を書いていただけませんか。それも時代を区切って、20歳から作家デビューするまでの期間で」

 そう切り出すと、
 「単なるレコード評論ではないところがいいね。それなら小説にできるからね」
 との反応でした。

 「20代の片岡義男はどんな音楽を聴いて、どんな毎日を送っていたのか、みんな知りたいはずです。そんな片岡さんの小説を、若い頃に読んで、バイクに憧れ、免許取って、スピード出して転倒して怪我した人は大勢いると思いますよ」

 片岡さんは苦笑しながら、
 「だとしたら、申し訳ない。責任を感じています」
 と、おっしゃいました。

 場所は経堂駅前のタリーズ。コーヒーを飲みながらの打ち合わせでした。ふと自分のコーヒーを見ると、半分以上飲んだマグカップの内側に「Taste the Difference !」と書かれていました。おお、これはまさしく「違いを味わえ!」という意味ではないか、今までの片岡義男作品とは違うものができるという啓示ではないか、そう思いました。興奮して、片岡さんに
 「これは日本語にするとどうなりますか?」
 と訊くと、
 「こっちのほうがおいしい」
 と、サラリと言うので、ちょっと脱力しましたが、まあいいか、当たらずとも遠からずかな、と思ったわけです。
 
01_タリーズでの啓示

◆ 経堂のタリーズで、カップに浮かび上がった「啓示」

 

登場候補曲の分厚いリストを、楽しく手作り

 さっそく僕は、1960年から1973年にヒットした曲の選定を始めました。片岡さんにもお伝えしたのは「ノー・ジャンル」で行きたい、という方針でした。

 「ロック、ポップス、ジャズ、ラテン、クラシックから歌謡曲まで、物語に登場するレコードはとにかくごった煮にしましょう。あのころのラジオは、たとえばビリー・ヴォーン楽団とエルヴィス・プレスリーと村田英雄が、何の疑問もなく並列して流れていた時代だと思いますから」

 そう言う僕に、片岡さんは
 「もちろん。そのほうが面白いね」
 と、賛成してくれました。

 ヒット曲の選定はなかなか大変でした。と同時に、
 「まあ、なんとおおらかな時代だったのだろう」
 と再確認した、楽しい作業でした。たとえば、1960年を調べただけでもフランキー・レインの『ローハイド』と守屋浩の『有難や節』、そしてパーシー・フェイスの『夏の日の恋』がほぼ同時にヒットチャートを賑わしているわけです。これはもう、いま思えば時空が歪んでいるとしか言いようがない。カオスです。現在のようにジャンルが細分化されていない、窮屈とは程遠い世界です。でも、それこそが面白いと強く思いました。

 ヒット曲のリストと一緒に、その年に起こった主な事件や出来事、そして片岡さんが実際に体験したであろうことを、過去の作品を読み直して添えました。「大学の近くの食堂でタンメンをよく食べていた」「ビリヤード場に入り浸っていた」などなど、いままでの著作の中から断片的に残されている片岡さんの足跡を付記したわけです。とはいえ、すべてそれらは決定稿には見事に使われませんでしたが。

 片岡さんご自身は、
 「過去に何を書いたかなんて、いちいち覚えていないよ」
 と言うのですが、実はしっかり覚えていて、過去に書いた話は徹底的に避けるのです。

 ヒットしたレコード選定の基準は「僕自身が口ずさめる曲」、つまりは「あまりにもマイナーな曲は避ける」ことを心がけました。いま思うと1960年から1973年という期間は正解だったかもしれません。1960年代に限定してしまうと、ビートルズ以降の、いわゆる「ニュー・ロック」が除外されてしまいます。ジャニス・ジョプリン、オールマン・ブラザーズ・バンド、CCRなどがオミットされてしまうのは嫌だな、と。さらに1973年以降になると、逆にロックの産業化が進み、国内では歌謡曲、フォーク、あるいはニュー・ミュージック、アイドル歌謡とジャンル分けが誕生してしまい、つまらなくなる恐れがあるのではと感じました。

 作成したリストはずっしりと分厚いものとなりました。片岡さんに両手で手渡すと、
 「うひゃあ」
 と、感嘆の声を上げてくれました。内心「しめしめ」と思いました。僕なりのプレッシャーでした、というのはジョークで、編集者の仕事で大切なのは、書き手のかたがどうしたら気持ちよく、楽しくキーボードを叩けるか、それを考えて実行することだと思うのです。神輿の上に乗るのはあくまで作家で、編集者はその神輿をわっせわっせと担ぐ役割ですから。もっとも、今回の「担ぎ」は自分自身が楽しくて楽しくて仕方ありませんでした。モチベーター自身がいちばんウキウキしていたのかも。でもきっと、作家のかただけではなく、担当編集者の生理だって、少しは本に乗り移るのでは、と信じていますが。

02_レコードリストなどの資料

◆ 楽しかったレコード・リスト作り。発売年月日を調べるのは大変でしたが……

(→2月16日につづく

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本をクリックすると縦書きでお読みいただけます。
まとめて読みたい方はこちらをどうぞ。


2015年2月20日発売!
書影・俯瞰・帯なし
『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』
片岡義男

担当編集者、篠原さん近影篠原恒木さん :
ツイッターアカウント @JJshinoharaでは、オンタイムの制作状況をつぶやき中!

 


▼ “コーヒーとドーナツ” といえば…[篠原恒木さん、おすすめの一冊]

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やがて彼女は行動する。
追い出されての行動ではあるものの、
自らのクーペを夜通し走らせ、東京から京都まで。
待っているのは、モーニング・コーヒーというカタチをした愛情だ。

 
▼ 関連リンク[stories 01:制作舞台裏]
寒い日は、炬燵と蜜柑と片岡義男。 | 『この冬の私はあの蜜柑だ』刊行記念インタビュー
 


「私小説」の背後で、レコードは1分間に45回転の速度で回る 『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』 スペシャル 新刊 本はこうして本になる
2016年2月15日 05:30