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結婚する理由がない、と彼女が言う

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 この短い文章のためにぼくにあたえられているテーマは、「男が結婚したいと思う女性には共通項がある」というテーマだ。ぼくは困った。共通項がある、と断定してある。しかもその断定は、男性の側から一方的になされたものであるらしい。さらに、ぼくは困った。

 このテーマのとおりに書く必要はないのだから、共通項なんてなにもない、ということを書いてもいいのだが、ぼくなりに考えながら書いていくとすると、まず逆に考えることからはじめてみよう。

 逆とは、つまり、男性が結婚したくないと思うような女性には、共通したなにかがある、という仮説を立て、それをめぐってテーマにせまってみよう、ということだ。

 一年に一度くらいは、こんなテーマで友人がぼくを相手に話をすることがある。たとえば、博多から新幹線に乗って東京へ帰るとき、新岩国を過ぎたあたりで、友人が女性論を語りはじめたようなときだ。

 その友人はすでに結婚していて、子供もあり、その名前はたいていの人に知られていて、第一線で活躍している人だ。そして新幹線のなかでやおら女性論をはじめるのが、彼は好きだ。

 彼の周囲には、親しい友人や知人その他をふくめて、いつもいろんな女性がいる。ぼくも共通して知ってる女性も何人かいて、そういえばA子さんにしばらく会ってないけれど元気かいとか、B子さんが会いたがってたよとか、つい先日はC子さんと夕食をともにしたのだけれど、よろしくとのことだった、というふうに彼の周囲にいる女性たちが話題になっていき、その話題はやがてかならず、しかしぼくのまわりにいる女性たちには、独身の女性が多いなあ、というような方向へむかっていきはじめる。

 わざわざ話題になるほどだから、どの女性たちもみな魅力的であり、仕事を持って活躍することをとおして自分の生活を作っている人たちなのだが、言われてみれば確かに独身の女性が多い。全員が独身だと言ってもいいほどだ。年齢は20代の後半から40代のなかばにまで、またがっている。

 なぜだろうね、とその友人が言う。なぜでしょうね、とぼくが答える。独身女性たちを周囲に集めてしまう不思議な能力がきみにはあるのではないか、などとぼくが言っていると、彼は首をかしげ、ずっと独身でいる女性たちには、どこかになにか共通したものがありますねえ、と言う。

 何人かの独身女性と知り合うと、彼女たちにはずっと独身でいることと深くかかわるなにか共通したものがある、うん、確かにある、というふうに考える男性が、世のなかにはいるのだ。きっと、たくさんいるのだろう。とんまな頭で共通項などを捜されないような独身女性になればいいのだと、まずぼくは思う。

 彼女たちには共通しているものがありますよ、と友人は言う。どんな共通項ですか、とぼくがきく。うーん、なかなか難しいのだけれども、と友人は言う。ずっと独身でいることをなにか不吉な前兆ででもあるかのように、友人は言う。

 彼女たちがずっと独身でいるとは言っても、彼女たちは結婚をまるで望んでいないかもしれないし、結婚を否定しているかもしれない。結婚については考えないようにしているのかもしれない、そして結婚を切実に考えるまでには至っていないのかもしれない。あるいは、素敵な何人もの男性に求婚されていながら、そのつど断ってきているのかもしれない。さまざまでしかも複雑な内面に支えられて成立している彼女たちの独身という状態を、ひとからげにしてしかもなにか不吉なことのように言う彼に、ぼくは基本的に賛成できない。しかし、彼の論をさらに拝聴せざるを得ない。なにしろ新幹線のなかで隣りあわせにすわっているのだから。

彼が言うところの、共通したなにかとはつまり、男性のほうから結婚の相手として望んでもらえないような、性格上の欠陥みたいなことなのだと、やがて判明する。

  彼女たちは結婚しないのではなく、結婚してもらえないのだときみは言いたいのかい、とぼくが友人にきく。結局はそういうことなんですよ、なにしろ男は、最終的にはたいへんに敏感ですからねえ、と彼は言う。結婚の相手として不足のある女性を、男性たちは敏感にかぎあてる、と彼は言う。

 そうかなあ、とぼくも思う。結婚は、じつはものすごく日常的で、おどろくほどに陳腐で、仰天するほどに卑俗で、あきれかえるほどに現実的なものなのだと、ぼくはとらえている。そしてその結婚は、十年、二十年と継続されていくものであり、その継続は対等な協力関係ではあるけれど、なにをどこでどう協力しあうのか、当人たちにすら見当もつかないほどの、日常と現実とのごった煮なのだ。

 日常の現実をともに協力して二十年、三十年と維持していかなければならないパートナーを選ぶにあたって、男性は敏感になって当然だろう。日常と組しない要素に対して、彼らは神経質になるにちがいない。

 ずっと独身でいる女性たちに、熱心に求婚してくれる男性がいない、という共通項がもしあるなら、それはたいへんいいことだと、ぼくは思う。

 男性によって結婚という日常的現実のなかへ連れ込んでもらえない女性がいるのは、とてもいいことですよ、とぼくは友人に言う。日常が大手を振ってまかりとおっている現実のここに、あそこに、日常とは反するものを心の奥深くにじっと抱いている女性たちが何人かはいつもいてほしいと、ぼくは思う。

 ぼくのこのような論を聞いて、その友人は、ロマンチックだなあ、と言う。そして缶ビールを二本買って飲み、やがて眠ってしまう。

(『きみを愛するトースト』1989所収、『「彼女」はグッド・デザイン』1996年底本)


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2015年11月2日 05:30
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