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フォルクスワーゲンを元気に生かしつづけておくには

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『あなたのフォルクスワーゲンを生かしつづけておくにはどうすればいいか』という本が、なつかしい。《どんな馬鹿にでもひとつひとつ順を追って修理・メインテナンスできるように書いてあるマニュアル》と、サブタイトルがついている。とても面白い本だ。

 1969年に刊行され、たいへんな評判になったフォルクスワーゲンのメインテナンス・マニュアルだ。いまでもバイブルのような扱いを受けていて、表紙に印刷してある定価5ドル50セントよりも高い値段で売られている。最近の改訂版も、出ている。

 著者は、ジョン・ミュアーというアメリカの国立公園システムの創設者と同姓同名だが、別人だ。しかし、風貌はどことなくあのミュアーに似ている。ありとあらゆるタイプの自動車とそのメカニズムを知りつくしている人だそうで、その彼が自分用のトランスポーテーションとして最終的に選び出したのが、フォルクスワーゲンだった。ひとつの場所からべつの場所へ、もっとも合理的に経済的に、そして最も確実にトランスポートしてくれるのはフォルクスワーゲンだと、ジョンは断を下したのだ。自分用のトランスポーテーションとしてフォルクスワーゲンを選びとったジョンは、自動車のエンジン・フードをこれまで一度もあけたことのない人にも修理とメインテナンスができるような本を書くことを思いいたった。そしてできあがったのが、この本だ。

 フォルクスワーゲンは、ようするに、ひとかたまりの機械だ。いろんな役割を持たされたいくつかの部品が組み合わされ、一体となって作動することによって、人や荷物をA点からB点までトランスポートする。このひとかたまりの機械にも声がある、というのがジョンの基本的な主張だ。

 フォルクスワーゲンというメカニズムに対して、それを使用する人間が感覚をとぎすまして耳をかたむけてあげれば、フォルクスワーゲンの声を聞きとることができる。調子のいいときには、調子いいですよ、だいじょうぶですよ、どんどん使ってください、と語りかけてくる。フォルクスワーゲンというひとかたまりの機械があなたにむかってあげてよこす声を、小さな嘆息ひとつもらさず聞きとることができるようになれば、自分のワーゲンがいまどのような状態にあるか、すべてわかってしまう。ワーゲンとあなたがこのような状態で結ばれあうと、ただの機械でしかないワーゲンも一個の生命体として息づきはじめる。あなたのワーゲンがいつまで生きつづけてくれるかは、一台のワーゲンという機械に対してあなたの感受性がどこまで敏感に柔軟になっていけるかにかかっている。

 ジョン・ミュアーのフォルクスワーゲン修理・メインテナンス哲学は、ざっと以上のような感じだ。奇妙な精神主義ではなく、フォルクスワーゲンとしていちおうの完成を見せているメカニズムの持つ合理主義の奥にひそんでいる真理の核のようなものは、非常にすぐれて人間的なものなのだ、という考え方なのではないだろうか。

《この本の用い方》《フォルクスワーゲンはこうして動く》《フォルクスワーゲンの買いかた》《工具、部品、参考書》《フォルクスワーゲンの運転法》《タイヤ交換》《エンストと始動不調》《赤いランプがついた!》《グリーンのランプがついた!》と、ごく基礎的なことを、ほんとうにどんな馬鹿にでもわかるように書いたあとで、《バルブの調整、チューンナップ、潤滑》で、ジョンは本題に入っていく。

 フォルクスワーゲンを長生きさせるうえでもっとも重要なのはバルブの調整だ、とジョンは言う。ワーゲンでは、第三シリンダーのバルブがいちばん焼けやすい。オイル・クーラーのうしろにあり、ほかの三つのシリンダーにくらべると冷却空気の当たりかたがすくないからだ。第三シリンダーの排気バルブがすこしタイトすぎると、走行八百キロほどでバルブが焼けてくる。はじめのうち、エンジンのパワーがすこし落ちたように感じるが、やがてオイルが過熱するようになり、潤滑力を失う。コンロッドやピストンがいかれてくる。エンジンぜんたいが焼きついてしまい、どうにもならなくなる。ジョンは、いつもバルブの調整はデッド・コールドでおこない、第三シリンダーの排気バルブだけは0.006、そして残りのシリンダーについては0.004で調整しているそうだ。これは、1954年から1961年までの36馬力のエンジンすべてにあてはまる。エンジン・トラブルの発生原因のじつに90パーセントが、エンジン始動後の10分間にひそんでいるという。だから、たとえば寒い朝などの丁寧なウォームアップは、ワーゲンのエンジンに対して人間のあなたがとりうるもっともやさしい行為なのだ。

 自動車のメインテナンス・マニュアルには、写真がたくさん入っているのが普通だ。だが、ジョン・ミュアーのこの本には、写真はひとつもない。エンジンの部分写真を見せても、素人にはどれがどれだかわからないからだ。どうしても必要なところにだけ、ジョンは明快な絵をつけ加えている。

 バルブ調整の第一段階のところで、はじめて、フォルクスワーゲンのエンジン・フードを開くことになる。エンジンを、ジョンは言葉だけで描写していく。なかなかの圧巻だ。ずぶの素人が、ワーゲンのエンジンをはじめて見たときの感じで、ジョンはエンジンを言葉で描写していく。

「いちばん左に太くて黒いワイアーが二本ある。これは二本ともエンジン本体の左のほうに入りこんで見えなくなっている。第三シリンダーと第四シリンダーにつながっているスパーク・プラグ・ワイアーだ。手をのばしてさわってごらん。スパーク・プラグにただかぶせてあるだけのプラスチック製のもののなかに入りこんでいる。ひっぱって、はずしてごらん。まわりにゴムがあり、エンジンのなかに空気が入らないように密閉するしかけになっている。プラスチック製のものは、ワイアーにねじこんでとめるしかけだ。スパーク・プラグからこのワイアーをはずすとき、ぜったいにワイアーをひっぱってはいけない。ワイアーのまわりのプラスチックをひっぱること」

 こんな調子で、ジョンは書いていく。ワーゲンのエンジンを目の前に見ながら読んでいくと、いっぺんでたいていのことは理解できてしまう。24ページをついやして、バルブ調整にかかわるすべてを、ジョンは的確に書いている。

 一台のフォルクスワーゲンとつきあっていくあいだに体験するありとあらゆる故障や不調がこの一冊でなおせる。

 ピストンやコンロッドの重量差が5グラム以内だということを、この本を読んでぼくははじめて知った。重量差は、もっとすくないと思っていたのだ。ピストンやコンロッドの重さがそろっているのは、重要なことだ。ひとつずつ重さを計算し、いちばん軽いのを基準にして、重いのをヤスリでファイル・ダウンし、重量をそろえていく。

 1950年から1970年までのワーゲンの、1200、1300、1500が、セダン、ギーア、トランスポーターと、すべてこの本でカバーしてある。それ以後のものは、オーナーズ・マニュアルを見ながら自分でおぎなっていかなくてはならない。このオーナーズ・マニュアルも、とてもよくできた本だと、ジョンはほめている。

底本:『ブックストアで待ちあわせ』新潮文庫 1987年

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[本サイト編集部による参考図版として掲載]

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1983年 『ブックストアで待ちあわせ』 アメリカ エッセイ・コレクション フォルクスワーゲン 書評 片岡義男エッセイ・コレクション『本を読む人』 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』 自動車 道具
2015年10月30日 05:20
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