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台風

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 夜明けがはじまる時間に、ぼくたちはランドクルーザーでその港町に着いた。ぼく、そして友人の、ふたりだ。台風が上陸する地点まで出かけて、上陸してくる台風を鑑賞しようという、ひま人の呑気な旅だった。そして、その港町は、ぼくたちの旅にとっての、目的地だった。

 町の裏側を国道が抜けていた。その国道から港のはずれにむけて、まっすぐに道路がのびていた。国道を走ってきたぼくたちは、その道路に入った。いつも海と向きあって生きている町であることを感じさせる、おおらかな幅の広い道路だった。道路の両側には、小さな港町のひなびた家なみが、夜明けの淡い光のなかに静かに横たわっていた。

 道路はまっすぐに港のはずれにむかってのびていき、やがてゆるやかなくだり坂になった。強い風が吹いていた。その風のなかに、潮の香りが濃厚にあった。

 港のはずれの防波堤、そしてその防波堤の根もとである岸壁が、道路の正面、突き当たりに見えた。

 その秋にとっての最後の台風が、至近距離まで来ていた。最後だけども規模は最大で、進路は本土直撃用のコースをとっていた。本州の南岸に停滞している秋雨前線とでいったん接続すると、全国各地に豪雨が降り、風の被害もさることながら、まず雨による大きな被害が続出するはずだと、警報が出ていた。

 港の海は、すでに充分に荒れていた。波が高かった。台風にさきがけて外洋から入ってくるうねりのパワーを、防波堤と岸壁が受けとめていた。防波堤および岸壁に激突した波は、巨大にまっ白に炸裂し、二〇メートルをこえる高さの強力な飛沫のかたまりとなって、空中へおどりあがっていた。

 港のはずれにむけてゆっくりと夜明けのなかを走っていくぼくたちの真正面に、その飛沫が見えた。路面および左右の家なみがつくるフレームの内部いっぱいに波は炸裂し、淡い灰色の空にむけてすさまじい勢いで広がっていくのだ。

 その飛沫をエンジン・フードや正面のガラスに浴びるところまでランドクルーザーを走らせ、とまった。エンジンを停止させると、風と波の音だけが、ぼくたちの周囲にあった。

 一時間以上、ぼくたちはそこにいた。防波堤から空中へはねあがる巨大な波は、いつまで見ていても飽きなかった。そのあと、ぼくたちは、港の中心へまわってみた。朝の港は、台風をむかえてやりすごすために、じっと身をかためているように見えた。

 その港町の宿に入るとすぐに雨が強く降りはじめ、昼すぎには台風が上陸した。台風は一日じゅう吹き荒れ、夕方になると急速に、うそのように、ぴたっとおさまった。ぼくたちは再び港へいってみた。港はいたるところ水びたしで、したたかに濡れていた。しかし、それ以外にはなにごともなかったかのように、小さいながらも平然としていた。

(『すでに遥か彼方』1985年所収)

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10月 1985年 すでに遥か彼方 台風
2016年9月23日 05:30
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