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流域は文明の発祥の地

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二〇〇四年二月三日

 チグリス・ユーフラテスと片仮名書きされた固有名詞を、僕はいまでも記憶している。学校の世界史の授業で教わった。中学だったと思う。そして教科書の発行元は山川出版ではなかったか。チグリスではなく、当時はティグリスだったかもしれない。そのときから現在にいたるまで、このふたつの河を見たこともなければ、あるかなきかのほんの少しのつながりが発生したことすら、皆無の状態が続いた。だから三十年、四十年と時間が経過していくなかで、いくつかの片仮名がこうならんでいるだけの、遠いアラビアの河の名前などとっくに忘れてしまっていても、なんら不思議ではない。なぜ覚えているのだろう。語呂がいいのだろうか。この河の流域は文明の発祥の地であると教わり、そのことに対して中学生なりに敬意を抱き、それゆえにいまも忘れずにいるのだろうか。

 一九九一年の湾岸戦争のときアメリカのTVニュースの記者が、タイグレス・ユフレイタスと言っているのを聞いた。チグリス・ユーフラテスとの、おそらく何十年ぶりかの遭遇だった。そして今回のブッシュ・イラク戦争では、この河の流域が戦場となった。文明発祥の地のただなかを、アメリカの軍隊が戦争をしながらバグダッドへと向かった。そしてバグダッドではイラクの博物館が無残にも破壊され、そのあとを多数の略奪者が襲った。発祥した文明の貴重な記念品の数々は破壊され、略奪者たちによって持ち去られてどこかへ消えた。こうした事態はきわめて容易に予測することが出来たはずだが、アメリカ軍はなんの対策も講じなかったし、破壊と略奪がおこなわれたあとになっても、いっさいの関心を示さなかった。ドナルド・ラムズフェルドを頂点とし、同時に典型ともする、アメリカで言うところの保守の、真骨頂がここにあらわれている。

 彼らにとって文明発祥の地は、昔のことじゃないか、という程度の認識にしか値しない。つい昨日までは独裁者が支配したただの砂漠だよ、と彼らは言うだろう。しかしその砂漠の下には石油が眠っている。だからこその戦争でもあったのだが、あるひとつの国や地域に固有の歴史や文化に、アメリカの真正保守の人たちは、関心や興味、敬意などをいっさい持っていない。歴史の深みから立ち上がってきて、そこに生きる人たちに継承され続けている文化、そしてそれを支えている独特な知恵の集積といったものは、アメリカ保守派が信奉する無制限に純粋な、なにものにも制約されることのない自由と、正面から衝突するからだ。

 そのような性質の自由のなかで、自分がふと手にした理念やアイディアを、どこのどのような現実にであれ、彼らは委細構わず当てはめて強引に前進させ、自分たちの理念やアイディアを具体化させようとする。いいアイディアはけっしてなくはないのだが、そのときそんなふうに夢想しただけ、としか言いようのないものにいたるまで幅は広い。当てはめられた現実のなかに引き起こされる無用の軋轢が、一例としてどのようなものになるか知りたければ、いまのイラクを見ればいい。

 その国に長く続いてきた、したがってそこに固有の、それゆえにきわめて独特な歴史や文化をいっさい無視する思想は、それをどこまでもつきつめていくと、ワイプ・アウトの思想にいきつく。ワイプ・アウトとは、皆殺し、全滅、絶滅、消滅などのことだ。邪魔くさくてかなわず、しかも敬意は持っていないものに対して、自分のほうの無制限な自由を徹底して当てはめると、究極は最終戦争だから、最後はこうなる。核兵器によるトータルなワイプ・アウトという、たいそうわかりやすい最後だ。劣化ウラン弾の、ほとんど制約を課せられなかった使用の次にあるのは、小型にした戦術核を通常兵器と同列に位置づけ、判断によっては自由に使っていくこと。これによって、たいそうわかりすい最後を迎えるのは、どこになるのか。

 広島と長崎に投下した原爆を正当化するアメリカの理論は、多くの人が知っている。戦争を終結へと導くことによって、兵士そして民間人の人命がさらに大量に失われるのを、日米の別を問わず防いだ、とする理論だ。これは前段と中段であり、場合によっては次のような後段がつけ加えられる。それまで自分たちを苦しめてきた悪しき歴史を脱却して、日本の人たちはゼロから新しい時代をスタートさせ、現在の日本へと発展をつなげていくことが可能となった、という後段だ。それまで長いあいだそこで蓄積されてきた歴史や文化のトータルなワイプ・アウトが、こうして完璧で純粋無垢な創造へとひっくり返る。

 これほどまでに急進的な自由主義者のアメリカ保守を相手に、日本はどのようにつきあえばいいのか。アメリカが唯一の同盟国であり、アメリカ以外にはつきあえる相手がどこにもいずしたがってアメリカに依存するしかない、というつきあいかたがいちばん危険だ。戦争をとおしてアジアの覇権国をめざし始めた頃までの歴史を、日本はアメリカによってひとまずは否定されている。日本人みずから、そのような歴史を断ち切りもした。だからいくら振り返っても、いまそしてこれからの日本を支える明確な国家像は、過去という膨大な財産のなかに見つからない。明治維新の頃の国家をなんとなくイメージし、そこに旧来どおりの主権国家の姿をぼんやりと見ている。それまでの歴史をバイアスなしでよく知った上で、それ以後つまり戦後の歴史を、日本は自分で作るべきだった。そしてその作業はそのまま、アジア各国とのおたがいにもっとも好ましいつきあいかたの模索となるはずだったが、そのほとんどすべてを戦後の日本はさぼってきた。ではいまからその作業を半世紀遅れで始めるのかどうかすらはっきりしない日本の前途が、いかに多難なものとなり得ることか。

底本:『影の外に出る──日本、アメリカ、戦後の分岐点』NHKブックス 2004年

*「まえがき」より

影の外に出る

 二〇〇三年の夏が終わろうとする頃から、主として報道をとおして、次のような言葉がこの僕の目や耳にも、しきりに届くようになった。日本の主体的な判断。国益。対米協力。国際社会への貢献。イラク復興の人道的支援。非戦闘地帯。アメリカ追従。状況を見きわめる。隊員の安全には配慮する。テロとの戦い。秋が来てそれが深まっていくにつれて、これらの言葉が飛び交う密度はいちだんと濃くなっていった。印象としては、いわく言いがたい奇妙な違和感のある言葉ばかりだった。このような言葉によって、いったいどんな内容のことが、どのような人たちによって、どんなふうに語られ論じられているのか、僕が興味を抱くにいたった最初のきっかけは、僕がどの言葉に対しても感じた、たったいま書いたとおりの、いわく言いがたい種類の奇妙な違和感だった。

 考え抜かれた末のものであれ、ろくになにも考えてはいない結果のものであれ、人の口から他の人たちに向けて出て来る言葉というものは、その人がその問題に関して考えをめぐらせた証拠のようなものだ。こういう言葉で言いあらわされる思考とは、いったいどのようなものなのかという淡い興味を持った僕は、おなじような問題をめぐって自分でも考えてみることにした。考えた結果として、自分にはどのような言葉が可能になるのか。自分でも言葉を使ってみることによって、自分が感じている違和感の内側へ、多少とも入ってみることが出来るかどうか。

 この本に収録してあるいくつかの文章の最初のものには、二〇〇三年十月二十日の日付がある。文字どおりこの日に書いた、というわけではないが、この日付の近辺でまず僕はこれを書いた。誰に依頼されたわけでもなく、どこに対して責任があるわけでもない、自分ひとりだけのために書いてみるという、きわめて個人的な営みとしての文章だ。軽く読めるタイプのほんのちょっとした時評のような文章だ。そのように書きたいと思ったからではなく、こんなふうにしか書けないからという理由で、こうなっている。

 書き始めて僕は面白いことをひとつ発見した。気楽な文章であるとは言え、相手にする領域はたいへんに広い。日本国内だけではなく世界のいたるところで、時々刻々と発生してはただちにさまざまに変化しながら複雑に重なり合う事態、といったものぜんたいをカヴァーしなくてはいけない。ごく基本的な材料を手もとにためておくだけでも、作業としてはかなりの時間を必要とする。これはしかし当然のことだからそれでいいとして、問題はその奥にある。

 世界じゅうで時々刻々と発生しては変化していく事態がどこまでも続くのだから、そのなかに巻き込まれると、そこから出られなくなる。つきあいは際限なく続くから、たとえば文章を書く仕事をそこでするなら、どこまでも書き続けなくてはいけない。書くためには考えるのだから、こういう世界で仕事をする人たちはすべて、考え続けなくてはいけない。時々刻々に合わせて考えるだけでは足らない。そのずっと向こうを正確に見とおす視線で考える必要がある。

 考えることをどこかでやめると、考えを停止したことによってそこから先に発生するマイナスは、借金が雪だるま式に大きくなっていく、というようなことに例えることが出来る。思考を停止した人が最も陥りやすいのは、べきである、べきではないという、すでにその人のなかで出来上がって固定されている価値観によって、すべてを性急に裁断してしまうことだ。その人の価値観はその人の財産であり、少しだけおおげさに言うなら、それはその人の既得権益のようなものだ。これを守ろうとして活用される、べきである、べきではない、という価値観は、持続させることがもはや不可能なほどに効用のつきた制度であり、現在という現実に対して、これほど無力なものはない。

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2016年5月29日 05:30
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