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スター軍曹が降ってくる

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 ある日の午後、すずらん通りにある二階の店から、僕はひとりで階段を降りてくる。手ぶらだ。探しているものは、この店にはなかった。では別の店へいこう。別の店への道順はさまざまにあり得る。その日の僕はすずらん通りの東の端まで歩き、そこで靖国通りの側へ渡り、角を左へまわり、靖国通りを西に向かった。

 三省堂の前をとおり過ぎる。そしてとある店に入る。探してみる。ない。店を出て僕はさらに西へと向かう。おお、そうだ、と僕は気づく。交差点まで引き返し、靖国通りの北側へと渡る。錦華小学校の通りを歩いていく僕は、すぐにとある店に入る。

 そこで探してみる。そこにもない。僕は店を出る。裏道を白山通りへ向かう。白山通りの東側にある店に僕は入っていく。ひとしきり探す。そここにもないことが、やがてわかる。

 白山通りを西側へ渡る。そこにも入るべき店がある。まず一階の店内在庫を僕は点検する。見つからならない。なければないのだ。僕は二階へ上がる。おなじような品揃えの店が二階にもう一軒ある、という営業形態だ。ここでも探す、そしてそれはそこにもない。

 最後の巡回先として、靖国通りのビルディングがある。ここの九階へ、僕は階段を歩いて上がっていく。九階の店の奥深く、在庫は豊富にある。ここにはありそうな予感、あるいはここにもなさそうな予感の、二種類の予感が僕のなかでちょうど均衡している。その均衡のなかを店の奥まで歩いていき、ここにもそれはないという事実を、ほどなく僕は受けとめる。

 階段を一階まで降りていき、僕は店を出る。靖国通りを僕はどちらへ歩けばいいのか。僕はなにを探しているのか。ペリー・コモのLPを中古レコード店で探している。巡回したどの店にもペリー・コモのLPはあった。潤沢に在庫している店もあった。ある一曲の歌を収録したペリー・コモのLPを、僕は見つけようとしている。

 その一曲の歌とは、「キャッチ・ア・フォーリング・スター」という歌だ。僕の記憶では、この歌はペリー・コモが最初に歌い、彼の歌として大ヒットになった。1950年代のなかばだったろうか、FENのトップ・テンのような番組で、何度聴いたかわからない。何週にもわたって、この歌はトップテンの上位にいた。

 ずっとあとの時代に日本国内で独自に編集されたベスト盤のようなLPではなく、この歌がヒットしていた時代にアメリカで発売されたペリー・コモのLPを、僕は見つけようとしている。日本でおそらく何種類も発売された、分厚いダブル・ジャケットのベスト盤に、この歌は収録されているに違いない。しかしそのようなLPを、僕は買わない方針だ。

 当時のアメリカのLPという、やや無理のある目標を変更し、いまあるCDを買おうか、と僕は思い始める。ペリー・コモのもっともヒットした十六曲、というようなアメリカのCDだ。これならほぼかならずある。そして僕が探している歌もかならずや収録されているはずだ。

 夕方から銀座で人に会う。その前に山野楽器のCD売り場か、と僕は思う。数寄屋橋のハンターという言葉が僕の頭のなかを走り抜けていく。ハンターに寄って、それから山野。では地下鉄に乗ろう。神保町から銀座まで地下鉄でいく。三越前で銀座線に乗り換えて銀座線・三越前から歩くのも悪くない。

 ペリー・コモの「キャッチ・ア・フォーリング・スター」をなぜ僕は探しているのか。時間の縦軸、そして場所の横軸ともに、僕の記憶は曖昧だったり不正確だったりすることが、非常に多い。だから正確には特定できないが、いまから三十年以上前のある夜、新宿ゴールデン街の店で、田中小実昌さんとこの歌について語り合ったことを、僕は思い出したからだ。

 その夜、まだ早い時間、人に連れられてその店へいくと、カウンターの席に田中さんが、まるで店の備品のようにすわっていた。酒場にいるときの田中さんの特徴は、いま来たばかりなのか、ずっと前からいるのか、酔っているのかあるいは腰を据えて飲み始めたばかりなのか、まったくわからないことだった。

 僕は田中さんの左側の席にすわった。そうか、今夜はまずこいつが来たか、こいつならこいつでまあいいか、というふうに読めなくもない表情の顔を僕に寄せた田中さんは、

「『キャッチ・ア・フォーリング・スター』という歌を知ってるだろう?」
と訊いた。

「知ってます」

「な、お前なら知ってるよな」

 そう言うと田中さんはその歌を歌い始めた。そして途中でふっとやめた。続きを僕が段落まで歌った。

「テディ、お前。歌もうまいねえ」

と田中さんは言った。テディという名は、この店で僕にあたえられた符丁のようなものだ。

「ディーン・マーティンだよ、いまのは」

「この歌はペリー・コモよりもディーン・マーティンなのですよ」

 困ったような呆れたような、あるいは少しだけ怒ったような表情で、田中さんは自分の頭を何度も撫でた。

「困ったガキだね、こりゃ」

 表情とまったくおなじ口調で、田中さんはそう言った。このような文脈での、「困った」という田中さんの用語の意味を、正確にさぐり当てるのは難しい。人は思いがけないことを知っていたり知らなかったり、思いもよらない反応を見せたり見せなかったり、というような意味ではないか。ペリー・コモよりディーン・マーティンだと言った僕に、田中さんは気勢をそがれたのかもしれない。しばらくして再び顔を寄せ、彼は次のように言った。

「『キャッチ・ア・フォーリング・スター』をね、俺は小説にしようと思うんだよ。な、面白いと思うだろう」

「面白いですね」
というような会話が、田中さんと僕との会話の始まりだった。

「キャッチ・ア・フォーリング・スター」とは、どんな歌なのか。呑気そうな弾みのある、ゆったりしたメロディだ。空から星が降って来たら、つかまえてポケットに入れておくといい、雨の降る夜、いざという状況になったなら、ポケットのなかの星が役に立ってくれるよ、というような歌詞の、きわめて楽天的な歌だ。これが田中さんの小説になる。面白いではないか。

「わからない奴がいるんだよ」
と、田中さんは言った。

「わからない奴というのは、困るねえ。テディだって困るだろ、な」

 わからない奴とは、どこぞの出版社のおじさん編集者だったのか。時代がいつであれ、会社おじさん編集者になにがわかるわけでもない。困ってもしょうがないのだが、田中さんはその小説のプランを編集者に語り、思わしい反応を得られなかったのだろうか。 

「困るよなあ」

と何度か繰り返した田中さんがさらに僕に語ったところによると、書こうと思っている小説のなかで、空から降って来るスターは星ではなく、スターという名前であり、そのスターという人はアメリカ陸軍の軍曹なのだ。サージャント・スターは日本に駐留している。そして彼のいる米軍基地のある町には、日本人女性の恋人が住んでいる。

 彼と彼女のあいだにちょっとしたいき違いが発生する。彼女は怒る。スター軍曹を寄せつけない日が続く。夜、彼が彼女の家へいってみると、明らかに彼女は在宅なのに、いくらノックしても彼女の返事はない。家のなかになんとか入りたい彼は屋根に上がる。二階の窓なら開いているかもしれない、開いているならそこから入ろう、というわけだ。

 屋根の上でスター軍曹は足を滑らせる。屋根から彼は転げ落ちて来る。心配しながら気配をうかがっていた近所の人たちが、降って来るスター軍曹、つまりフォーリング・スターを受けとめる。フォーリング・スターはめでたくキャッチされる。

 このようなあらすじをその夜の田中さんは僕に語った。小説としてこのあたりまで考えた段階だったのではないか。自分がフォーリング・スターとなる出来事を体験したスター軍曹は基地へ戻る。酒保へいってみると、ジュークボックスで「キャッチ・ア・フォーリング・スター」の歌がかかっている。スター軍曹はひとりで笑い出し、米兵たちはそれを見ている、というような場面で終わりになるあらすじだった。スター軍曹のこの話は、すぐあとで短編になった。小説雑誌に発表されたのを僕は見た。

 ペリー・コモのLPを神保町で探したあと、僕は地下鉄で銀座へいった。数寄屋橋のハンターでペリー・コモを探している途中ようやく僕は自分の間違いに気づいた。あのとき田中さんに自分で言ったではないか。「キャッチ・ア・フォーリング・スター」の歌は、ペリー・コモよりもディーン・マーティンなのだ。だから僕としては、ディーン・マーティンのLPを探さなくてはいけないのに。

「キャッチ・ア・フォーリング・スター」すなわちペリー・コモという、もっとも普通の反射をそのまま受けとめた僕は、神保町の店をめぐり歩いてペリー・コモのLPを探してしまった。日をあらためてディーン・マーティンのLPを探しなおそう。神保町を歩くべき理由がこれでまたひとつ出来た。「キャッチ・ア・フォーリング・スター」の歌を収録したディーン・マーティンのLPが見つかるか見つからないか、可能性は半々だと思うのがもっとも正しい。五分と五分との間を歩いてこそ、歩く意味があるというものだ。

底本:『音楽を聴く2──映画。グレン・ミラー。そして神保町の頃』(第三部 この都電はジン・ボ・チョへ行きますか) 東京書籍 2001年


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2016年2月21日 05:37
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