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システム手帳とはなにか

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 システム手帳、という言葉を僕はさきほどから観察している。すっかり日本語になりきった言葉だ。いくら観察しても、もはやなにごとも起きそうにない。しかし、考えていく作業のスタートとしての観察なら、観察する価値はあるような気がする。システムという片仮名語に、手帳という漢字言葉が合体している。このような外観は、本来ならたいそう奇妙なものであるはずだが、誰もなんとも思わない。

 システムという日本語は、日本人の大好きな言葉のひとつだ。自分たちがほとんど常にその身を置いているのは、なんらかのシステムのなかだからだ。底辺も頂上もそしてその中間も、すべての部分がくっきりと出来上がっている、ピラミッド状の上下関係システムだ。システム手帳という言葉のなかの、システムというひと言には、システム手帳が日本人によって用いられている状況が、そのまま映し出されている。

 広い意味で会社組織と言っていい、雇用先というピラミッド状の上下関係システム。このシステムを核のようにして、さまざまに派生した上下関係システムが、生活の全領域を埋めている。ピラミッド状の上下関係システムは、その内部に身を置く人にとっては、固定された秩序だ。なにごともないかぎり変化はごく少ないという意味で、その秩序は安定もしている。

 自分も雇用されてそのなかに身を置く、安定し固定された秩序としての上下関係組織、それがシステムであり、その組織内部での部署ごとの運営のされかたもまた、システムと呼ばれている。大きなシステムの内部に、いくつものサブ・システムが、大中小の序列も正しく、入れ子になっている。システムという片仮名日本語は、大雑把に言ってこのような世界を意味している。そしてその世界は、現在の日本そのものだ。

 手帳という漢字言葉は、玉砂利になりきって百年を越えたという趣のある、小ぶりな玉砂利のような言葉だ。手帳という言葉を見ると、誰もがその人なりになんの無理もなく、手帳という具体物そして概念を思い浮かべることが出来る。そして手帳はシステムに奉仕するための道具だ。かくてシステムという言葉と手帳という言葉は、なんの無理もなしに合体して新たな日本語となった。

 システム・ダイアリーという言いかたも、日本語にある。内容はシステム手帳だが、用途別に工夫されたリフィルとバインダー式の本体には日本人の考案者がいるから、システム・ダイアリーという言いかたは登録商標としての言葉かもしれない。

 手帳という漢字言葉とダイアリーという片仮名語とを見くらべると、日本語としては手帳のほうがずっと有利だ。ダイアリーとはなにかと質問され、日記ですと答えることの出来る日本人は、けっして少なくないはずだ。しかし僕の感じかたは、ダイアリーはまだ日本語になりきっていない。日記という言葉の片仮名書きにとどまるかぎり、ダイアリーは手帳に勝てない。ダイアリーという言葉からは、身に覚えがあるというかたちで具体物を思い浮かべることが、出来ないからだ。

 ダイアリーは確かに日記でもあるが、アメリカ語では日付ごとに個別の記入スペースのある、予定などを書き込むための手帳を意味することが多い。日本語で言うところの日記は、ジャーナルあるいはパーソナル・ジャーナルだ。システム・ダイアリーやシステム手帳という言いかた、あるいは手帳と合体したシステムのひと言など、一見したところ和製英語のたたずまいだが、用途別に工夫されたリフィルは、英語でもシステム・リフィルあるいはシステム・インサートなどと呼ばれている。

 そのリフィルがバインダーに綴じてあるものを、システム・ダイアリーと呼んで間違いではない。ただし、そのような物を知らない人やなじみのない人には、なんのことだかわからないだろう。システム手帳を英語で言いたいとき、もっとも一般的に通じやすい言いかたは、オーガナイザーという言葉だ。パーソナルをつけて、パーソナル・オーガナイザーと呼ばれることが多い。

 システム手帳という言葉と、パーソナル・オーガナイザーという言葉を、僕は見くらべて観察する。オーガナイザーという単語のもとをただせば、オーガナイズという動詞だ。あくまでも個人にかかわるオーガナイズという動詞と、ピラミッド状の上下関係組織を常に意識するためのシステムという名詞を観察すると、両者がそれぞれに体現する世界は、両極端と言っていいほどに異なることにやがて気づく。

 システム手帳は、ピラミッド状の上下関係組織の内部で、安全に身を処していくためのあれやこれやの情報を、あっちに書きこっちに書きする大福帳だ。オーガナイザーという言いかたになると、言葉が持っている視点が端的に異なるだけではなく、それを使ってなされる作業とその意味も、まったく違ってくる。

 パーソナル・オーガナイザーのバインダーに綴じてある、用途別に工夫されたリフィルとは、いったいなになのか。用途とは、なにか。自分の手もとに入ってくるはずのさまざまな情報に対して、領域別の整理枠をあらかじめいくつも設けておく。リフィルの用途別とは、そういうことだ。

 さまざまな情報を受けとめた自分が、それらをオーガナイザーの用途別リフィルに収めたその段階で、雑多な情報はなにほどか整理される。手に入れた段階でそのように整理しておくと、整理された状態で管理出来るし、使用するときには必要なだけの情報を内容別に見つけやすい。オーガナイズという行為の基本は、雑多なものを内容や性質別に区分けし、整理分類しておくことだ。

 オーガナイズという言葉を試しに英和辞典で引いてみる。いろんな意味がある。そのなかのひとつに、「資料・知識などを系統立てる、整理しまとめる」という意味があげてある。整理とは、なにか。あるひとつの領域に関するものだけを、ひとつにまとめて他と区別しておくことだ。

 領域ごとに、内容ごとに、性質ごとに、ひとつずつ区分けの枠を設け、そのなかに入れておく。そのようにオーガナイズしておいたほうが、収集した資料や知識は使いやすくなる。必要が起きるそのつど、広いぜんたいを探さなくてもいいからだ。

 いちいちぜんたいを探さなくてもいいとは、どういうことなのか。自分が持っている資料や知識が、自分によってあらかじめ俯瞰出来ているということだ。すべてが俯瞰出来ているとは、ではどういうことなのか。収集してある資料や知識を使って自分がおこないたいことの筋道が、そのつど見つけやすいということだ。この地点から論理を出発させてまずそこへいき、そこからさらにそちらにつなげる、というような筋道だ。

 では筋道とは、いったいなになのか。それは論理以外のなにものでもない。オーガナイズとは、自分の収集した資料や知識のぜんたいを俯瞰しやすいように、あらかじめ区分けし整理することだ。そうしておくことによって、資料や知識は使いやすくなる。使いやすいとは、資料や知識を足場のようにして、自分の論理を導き出しやすくすることだ。

 論理は機能だ。オーガナイズという作業をとおして、必要なだけの資料や知識とともに、自分という人は、論理という機能となることが出来る。オーガナイズつまり整理や分類は、自分が論理という機能になるための、下準備だ。理にかなったかたちで整理や分類がなされていると、論理を展開させる必要が起きたとき、論理の展開と支えのための材料を、直ちに探し出すことが可能だ。

 自分を論理として機能させるにあたって、もっともオーガナイズされていなければならないのは、じつはいくつものファイルのなかの資料や知識ではない。もっともオーガナイズされていなければならないのは、自分の使う言葉だ。論理は言葉によってのみ展開される。言葉がしっかりしていないことには、なにがどうなるものでもない。

 喋る言葉にせよ書く言葉にせよ、論理のために論理的に使うには、言葉は論理的に積み重ねられなければならない。論理は論理的に述べられなければいけない。そしてそのことにかかわるすべての機能を、言葉が担っている。言葉とはじつはこういうものなのだ。

 英語という言葉の構造と性能は、以上のように使われて初めて、完全に生きるようになっている。だから英語はそのように使われる。英語は前へ前へと進んでいくとすでに書いたが、とにかく前へと進んでいくという生まれついての性格は、ひとつの論理が次の論理を呼び、それによってさらにその次の論理が引き出されるというふうに、論理の積み重ねによって問題がつきつめられていく性能から来るものだ。

 まともに使われたなら、前へ進まざるを得ない種類の前進性が、英語にはある。言葉が重なるにつれて、論理も積み上げられていく。そのことと正しく比例して、問題は核心に向けて追い込まれていく。

底本:『坊やはこうして作家になる』水魚書房 2000年


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●片岡義男『坊やはこうして作家になる』
(水魚書房、2000、Amazon作品ページ


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2016年1月5日 05:30
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