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 今日は日曜日だ。早朝の六時に起きた。明日は朝の六時に起きようときめて、昨夜は早くに寝た。起きたら、すでに雨が降っていた。春の、やさしくて静かな雨だ。

 朝食のあと、香りの強いコーヒーを飲みながら、深くひさしの張り出した板張りのデッキのうえで、アメリカのアウトドア専門雑誌の半年分、六冊を、楽しんだ。アメリカから届くいろんな雑誌をすくなくとも半年分くらいはためておき、たとえば今日のようにゆっくりと時間をとって楽しむのが、ぼくにとっての雑誌の楽しみ方だ。雑誌だから、いろんな写真や記事がのっている。面白そうな記事をひろい読みし、素晴らしい写真をじっくりながめたりすると、デッキの外の、樹の多い庭に降る雨が、いい相棒となってつきあってくれる。

 コロラド河に沿って巨大なウィルダネスのただなかを走る、リオグランデ・ゼファーという呼び名の汽車の写真がのっていた。バックパッキングで自然を楽しもうとするとき、アプローチに汽車を使うとたいへんに便利だ、という記事のなかの写真だった。

 リオグランデ・ゼファーという名前の汽車は、デンヴァー・アンド・リオグランデという鉄道会社のものだ。ソルト・レイク・シティからデンヴァーまで、あるいはその逆にデンヴァーからソルト・レイク・シティまで、一年をとおして、週に三便、リオグランデ・ゼファーは走っている。混んでいる夏以外なら、予約なしでも乗ることができる。ソルト・レイクシティからデンヴァーまでだから、これこそアメリカだ、と言いたくなるような大自然のなかを走っていく。巨大な岩山のなかを流れるコロラド河沿いに走る部分は、二〇〇マイルちかくある。

 このリオグランデ・ゼファーには、白いリネンのテーブル・クロスをかけたテーブルのあるダイニング・カーがついている。ソルト・レイク・シティで乗りこみ、ダイニング・カーで食事をし、ヴィスタ・ドーム・カーという展望車で窓の外の光景をながめるならば、その時間はやはり至福の時間と呼ぶにふさわしいだろう。

 真冬に凍ってしまった小さな滝を下から仰いでとらえた面白い写真を、飽きずにぼくはながめた。マイナス三十度の寒さのなかで撮った写真だという。大きな氷柱を何本もたばねて滝のうえから空中に吊り下げたように、滝の水は完璧に凍って静止していた。すこしずつ溶けはじめるときのことを、ぼくは思った。

 ハワイのカウアイ島、ワイメア峡谷で撮ったハング・グライダーの写真も、面白かった。ざっくりと深くえぐれられたような峡谷は濃く緑におおわれていて、彼方に青く太平洋が横たわっている。雨雲の切れはじが淡く白く流れていくなかを、ハング・グライダーが飛んでいる。雨の降るワイメア峡谷の急なスロープを高くまでのぼっていき、樹の下で雨をよけながら撮ったのだそうだ。シュールレアリスティックな夢のような写真だ。カメラマンの目にも、このハング・グライダーが飛ぶ光景は、充分にシュールであったにちがいない。

 アイダホ州のスタンレーでおこなわれたホワイトウォーター・ロディオの写真も、みごとな出来ばえだった。ホワイトウォーター・ロディオは、急流をカイアックでくだっていくレースだ。カメラマンは急流のなかに突き出た小さな岩のうえに乗ってカイアック・レーサーがくだってくるのを待ち、二〇〇ミリの望遠レンズを使い百二十五分の一秒のシャッター・スピードで撮った、とキャプションにはのべてある。ホワイトウォーターがまっ白に流れてスピード感があり、爽快だ。

 クロスカントリーのスキーを特集した号では、深い雪のなかをスキーで歩いている若い女性の写真が、面白かった。足にはゲイターズをつけ、厚手のセーターを着て首に赤いバンダナをまき、バックパックを背負っている。スキー・グラヴをはめた手には、ポール(ストック)を一本だけ持っている。太腿や腰、あるいは赤くほてった頬の張りが、健康そうでとてもいい。カメラマンのほうを見て、じつに幸せそうに笑っている。彼女が、雪のうえに突いたポールを引きあげた瞬間に、カメラマンはシャッター・ボタンを押した。だから、ポールの先端ちかくについている丸い輪のうえに、雪が円錐状にすくいあげられている。この雪が、ぼくの目には、とても楽しかった。

 連続した動きをともなった状況を静止させてワン・フレームにしてしまう写真は、このようなこまかいところにあらためて目をむけ気づかせてくれるから、ぼくは好きだ。

 小さな広告のなかにも面白い写真があるので、油断できない。五センチ四方くらいの大きさの広告がたくさんつまっているクラシファイド・アドのページを見ていたら、指輪の広告が目についた。ドルフィンをかたどった、非常に美しい洒落たデザインの指輪だ。ドルフィンをくるっと体を丸めたかたちがそのまま指輪になっている。尾やヒレ、あるいは頭から口にかけての造型は、たいへんいい。4Kのゴールドで一四〇ドル、スターリング・シルヴァーで三〇ドルだそうだ。

 書評のページには、新刊本の案内が表紙の写真入りで出ていた。ジョン・ニコルズという作家が文章を書き、自分で撮ったカラー写真をそえた本で、タイトルは『秋の最後の美しい日々』というのだ。ジョン・ニコルズは、『もし山が死ぬなら』という、おなじようなつくりの本をとおして、ぼくは知っている。たいへんにいい本だった。この『秋の最後の美しい日々』も、さっそく注文することにしよう。『ウォールデン』に描かれた場所をニュー・メキシコに置きかえたような世界を、達者でリリカルな文章で描き出し、美しくよく出来たカラー写真がそえてある。手ばなしでほめるほどではないが、かなりの出来ばえだと、書評には書いてある。

 こんなふうに、気に入った雑誌の半年分をテーブルのうえに置き、コーヒーを飲みながら、ふと興味をひかれた記事を読みつつ写真をながめたりしていると、雨の日曜日の朝は、快適に時間が経過していく。

 半年分の六冊のうち四冊までが、テントの広告写真をのせていた。それぞれにメーカーのちがうテントが、どれもみな一ページ使って、美しいカラー写真で広告してある。自然のなかでテントを張って夜をすごすときの実感はどの写真にも出ているし、なにしろ広告写真だから、見る人の気持を強くそそるようにできている。

 ノース・フェイスのジオデシック・ドームのテントの広告写真のなかでは、岩のあいだを流れ落ちる滝をバックに、平たい大きな岩のうえにテントが張ってある。岩の縁に、こちらを向いて、男性と女性とが、仲良く腰をおろしている。人里を遠く離れた大自然のまっただなかの雰囲気がよく出ている写真だ。ふたりで夕食をつくって食べ、夜が来てテントのなかに入る。完璧に近い静けさのなかに、滝の音が夜どおしきこえつづけるわけだ。テントのなかに明りを置いておき、自分たちは外に出て夜の冷たさとか星空、月明りなどを楽しむのも、悪くない。

 一八九五年からテント・メーカーでありつづけたユーレカというメーカーのテントのひとつ、アルパイン・メドゥズの広告写真も美しく、しかもぼくの気持をそそった。デザインをすこし変更し、センター・フープの直径を大きくしたもので、なかに入るとスペースにゆとりがあってとても広く感じる、という広告だ。山の草地のうえにこのテントが張ってあり、陽が沈んだ直後の黒くシルエットになった山なみが遠くむこうに見える。空は、残光でまだ明るい。テント内部にランプが置いてあるらしく、テントをとおして明りがぼうっとすけて見える。実際に山でテントを張っていると、こういう時間はほんとうにいい時間なのだ。

 おなじくユーレカの、ティンバーラインというAフレームのテントの広告も、美しい。おだやかな山がいくつもかさなりあってつづいているなかの台地にテントが張ってあり、昼間の明るい光のなかで、男性と女性か遠くの山をながめている。ふたりっきりとは、実はこういうことではないだろうかとしみじみ思ってしまう。

 さらにもう一枚の広告写真は、巨大な樹が何本も生えている、しっとりと暗い森林のこまやかな下ばえのうえに、ドーム型のテントが張ってある光景だった。山の夜の静けさや空気の澄んだ冷たさといっしょに、エンソライトのグラウンド・マットレスの感触や寝袋のあたたかさ、寝袋の内部のナイロン・タフタの肌ざわり、ひとりでいるときの充実した孤独、素敵な女性といっしょのときのなんとも言えない幸せな気持など、数多くの楽しさを、ぼくは思い出した。

(『すでに遥か彼方』1985年所収)


1985年 3月 『すでに遥か彼方』 写真 自然 雑誌
2016年3月27日 05:30
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