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レッドウッドの森から

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1

 川に沿ってのぼっていった。透明さの極限をきわめたような、冷たく澄んだ川の水が、きれいな音をたてて流れていた。砲丸投げの砲丸を平たくしたほどの大きさの砂利が、川底にそして川原いっぱいに、広がっていた。

 野生の鹿やエルク(大鹿)の足跡が、川の水のふちに残されていた。熊の足跡もあった。人間の手を押しつけてつくったようにも見える大きな親熊の足跡のとなりに、子熊のかわいらしい足跡が砂にくっきりとあった。足跡の周辺には、レッドウッドの樹の種子や松かさが、美しく散っていた。色が砂の色調とみごとに調和し、種子のかたちのなにものにもじゃまされていない自然さが、熊の足跡の自然に、溶けこんでいた。

 スティールヘッドと呼ばれている種類の鱒が数匹、川の急な流れにさからい、上流にのぼっていこうとしていた。透明な水の中に、鱒の体が生命力いっぱいに躍動した。いつまで見ていても、見飽きることのないスペクタクルだった。カワアイサ、という鴨の群れが、川の流れのすぐ上を、川上にむかって飛んでいった。

 川は、右に左にゆるやかな蛇行を何度かくりかえしたあと、西にむかって大きなカーブを描いた。半円のそのカーブを北から南へまわりきったころ、川はもっとも浅くなるようだった。

 川を歩き、対岸に渡った。対岸にも砂利の川原があり、それをこえると、シダや灌木の茂みだった。

 踏み分けて森の中に入ると、あたりは急激に暗くなった。根もとからてっぺんまで、300フィートを楽にこえる高さのレッドウッドの樹がびっしりと生えている森林の中だ。快晴の日の午後、まだ早い時間なのだが、レッドウッドの巨大な幹と枝、そして、枝に豊富についている葉にさえぎられ、陽の光は地表にはあまり届かない。

 地表は、やわらかだった。両足が沈みそうで沈まない。おだやかに、しかし、しっかりと、体重を支えてくれる。

 落葉や松かさ、折れて落ちてきた小枝などが何世紀にもわたって静かにおたがいを積みかさねあってきたフォレスト・フロア(森の床)だ。シダやコケ、それに丈の低い草がたくさんあり、足音をすっかり吸収してしまう。

 高いところから落ちてきてまだ間もない枝を踏んで体重をかけると、その枝が折れる。かわいた音が、あたりに広がっていく。いい音だ。

 倒れた巨木の幹が、行く手に横たわっている。人の背丈の二倍をこえる高さだ。根もとをまわり、さきへ進む。

 レッドウッドの樹は、土中に深くのびた根を持たない。幹の太さや高さにくらべると、意外なほどに根は浅い。この森のように、レッドウッドどうしが密生しているところでは、森林ぜんたいがその中にある巨木の一本一本を風や上空の乱気流からかばいあう。だから、深い根は必要ではないのだ。

 レッドウッドの森の中に深く入りこむと、その静かさと薄暗さは、海の底のように神秘的だ。

 見上げると、300フィートをこえる高さの樹が、まっすぐに、空へのびている。根もとから200フィートほどの高さになってはじめて、何本もの枝が幹から四方にのびている。かさなりあう葉にさえぎられ、青い空の輝きは、ほんのすこししか見えない。森林の底からあおぎ見るとき、空は星のように小さく、葉のすきまに散らばっている。

 葉のすくないところから、陽光が斜めに射しこんでくる。森林の底に届くまでに数多くの葉に当たり、どの葉も、黄金色に輝く。

 幹に分厚くついている皮が光の矢を受けて鮮やかに浮き彫りされる。森林のにおいがいっぱいにたちこめる中に、レッドウッドの樹々は、あらゆるものを超越しておごそかだ。切り倒して年輪を数えてみなければ正確な数字は出せないのだが、幹の直径がたとえば12フィートくらいあるレッドウッドの樹は、オモチャの鉢に植えられるようなほんの小さな苗木のころから起算して、ゆうに2000年はここに立ちつづけてきているのだ。

 樹齢2000年のレッドウッドの大木。ながめていて、ふと、信じられなくなる。ほんとなのだろうか、と思う。近寄り、その巨大な幹に手を触れてみる。樹皮の感触のむこうに、すさまじい量感をたたえて、びくとも動かない一本の大木の生命がある。自分の手を押し当ててみてはじめて理解できる、一本の大木の存在だ。

 そのレッドウッドの樹の高さが、367.8フィート。この地球に現存する生き物の中でいちばん丈の高いものなのだと、その森の中ではじめて知らされたら、どんな気持ちだろうか。

2

 サンフランシスコからゴールデン・ゲート・ブリッジを渡る。対岸のUSハイウエイ101号線を北上していく。サン・ラファエルとかノヴァトとか、映画『アメリカン・グラフィティ』に登場した町を抜けていく。

 ソノマ・カウンティに入ったあたりから、USハイウエイ101号線は、レッドウッド・エンパイアの中を走るようになる。太平洋岸カリフォルニアの、レッドウッド生育地帯だ。このレッドウッドにちなんで、ハイウエイ101号線は、このあたりから北へ500マイルほど、オレゴン州との州境まで、レッドウッド・ハイウエイと呼ばれている。

 オレゴン州境から101号線を南へ70マイル。オリックという小さな町がある。材木を切り出すことが経済の中心になっている町だ。

 オリックの町のすぐ北を、レッドウッド・クリークという川が東西に流れる。この川ぞいに、材木会社のトラックが山の中へ入りこんでいく道がある。一般の人はとおれない道だ。

 レッドウッド・クリーク・ヴァレーの底を流れるこの川をオリックから140マイルほどさかのぼると、世界一の高さを持ったレッドウッドの樹がある。

 太平洋岸から地図上の直線で七マイルもない内陸、標高100フィートから150フィートのところを流れる川からわずかに30フィートの地点に、その樹は立っているのだ。

 レッドウッド・クリークをあいだにはさんでその東側の森林地帯は、アルカタ・レッドウッド会社という材木会社の所有地だ。川の西側は、ジョージア=パシフィック・コーポレーションの所有地になっている。川ぞいにのぼっていく道は、ジョージア=パシフィック・コーポレーションの土地にあり、そこから川を渡ってアルカタ・レッドウッド会社の森に入ったとたん、300フィートをこえる高さのレッドウッドにかこまれ、世界最高の樹が立っている。

 この樹が発見され正確に計測されたのは、1964年のことだった。材木会社の専門家以外に人の入りこめるルートはない。それに材木の専門家たちは、一本の樹からどれだけの板や柱がとれるかに最大の関心を持っていて、高さにはさほどの注意を払ってはいない。世界でいちばん丈の高い樹が1964年になってようやく「発見」されたのは、こんな事情によるものだろう。

 かつてカリフォルニアの北部太平洋岸には、海の波をじかにかぶるあたりにまで、レッドウッドの樹がたくさん生育していた。マリンやメンドシーノなどの郡には、レッドウッドがいっぱいだった。太平洋岸の開拓者たちが、1800年代のなかばから終わりにかけて、このレッドウッドの樹を大量に切り倒した。初期のサンフランシスコの町はレッドウッドでつくられたようなものだし、北部カリフォルニアの町の多くが、その基礎をレッドウッドに負っている。

 森林から木を切り出す技術が発達するにつれて、レッドウッドの生育地帯は、太平洋岸から内陸へと、後退していった。

 ナショナル・パーク・サービスの調査によると、かつてカリフォルニアのモンタレー湾からオレゴン州の南部にかけて生育していたレッドウッドのうち、現在でも残っているのはわずか15パーセントにしかすぎないという。この15パーセントは、面積になおして30万エーカーだ。この30万エーカーのうち、公有地として保護されているのは、5万エーカーだけだ。現在のペースでレッドウッドを切っていけば、あと五十年もすればカリフォルニア・レッドウッドの処女林は、人間の手によってすっかり切り出されてしまうことになる。

 洪水や地すべり、さらには山火事、強風などによっても、レッドウッドの樹は失われていく。と同時に、原生林の保護や、森林にとって打撃ではないような切り出しかた、そして切り出した樹の徹底して効果的な利用法などの領域で、工夫がかさねられている。すっかり切りつくしてしまった処女林のあとに種をまき、その種が育ってできたセカンド・グロウスがちょっとした森林になっているところもある。

 367.8フィートの、世界最高のレッドウッドの樹。推定樹齢は2000年をこえている。

 昔のイタリーの天文学者、ガリレオは、自分なりに計算をこころみた結果、200キュービッツ(300フィート)以上の高さの樹は自らを支えきれずにかならず倒れる、と言っていた。

 明確な計算ではなかったけれど、ガリレオがこんな発表をしていたころすでに、カリフォルニアの太平洋岸で、やがて367.8フィートの高さに達するレッドウッドの樹が、静かに育ちつつあったのだ。

3

 この地球に現存する、もっとも高い樹。

 その根もとに立ち、森林の香りの底にひたりつつ幹を手で押し、てっぺんとそのむこうの空を見上げながら、人はなにを思うのだろう。

 あらゆる想像をこえたその一本の樹は、同時に、あらゆる種類の想像力をかきたててよこす。

 たとえば──。

 この樹がここまで成長する年月の中で、この樹は土中からいったい何トンの水を吸いあげたのか。

 土に埋まっている根のさきから、いちばんてっぺんの小さな針のような葉の先端にいたるまで、樹液のつまった毛細管が無数にのびている。

 ポンプのような仕組みはいっさい使わずに、レッドウッドの樹は土中から水をくみあげる。

 水の分子はきわめて粘着性が高く、この粘着性のおかげで、水は樹のてっぺんまであがっていける。

 てっぺんの小さな葉のさきに口を開いている毛細管は、そこから絶えまなく水を大気中に蒸発させている。水の分子ひとつがそこから蒸発すると、そのすぐうしろにいた分子が、毛細管の先端に出てくる。そのうしろの分子が、さらにうしろの分子を粘着性でひっぱり、というぐあいに、全高367.8フィートの長さいっぱいに、水の分子は毛細管の内部で一寸きざみの上昇移動を飽くことなく、くりかえす。

 目にも見えないこまかさの、しかもしなやかに巧妙な営為の、2000年におよぶ繰り返しが、やがて、一本の大樹を生み出すのだ。300フィートのレッドウッドを一本切り倒して材木にすると、いまのアメリカの生活水準で言って、四人家族がまあなんとか住めるという程度の家が四軒できるという。2000年の営為も、人間の手にかかると一瞬のうちに四軒の小住宅に姿を変えてしまう。

 レッドウッドは、材木として価値が高い。強くて木目がまっすぐで、みがくと素晴らしい光沢が出る。きわめて朽ちにくく、虫も寄せつけない。

 2000年かけてまっすぐにのびたレッドウッドの森には、あらゆるおどろきが満ちている。

 たとえば、森の中へ斜めに射しこんでくる太陽の光を森の底で受けとめるオグザリス・オレガナという学名を持つ、クローバーに似た可憐な草は、その葉に陽を受けると、おだやかに葉を垂れさがらせる。陽が遠のいて影になると、葉は再び持ちあがってくる。なぜそうなるのか、その理由は、はっきりしていない。よけいに水分を逃がしたくないためだろう、と言われている。おもては緑色の葉だが、裏にかえすと美しい紫色だ。

 草やシダ、コケ、地衣、ゼニゴケなどが、湿気の多い森の底に密生している。葉や小枝がその上に落ち、さらに、種子が舞い落ち、松かさが降ってくる。倒れた大木の幹に落ちた種子は、幹に芽を出し、苗木になっていく。まっすぐな大木の上に苗木が数多く生えそろい、そのまま1000年もたてば、一直線に生えそろったレッドウッドの列となる。切り倒したあとの切り株にも、種子は落ちる。巨木の切り株を自分のために使うことができるのだから、そこに生えた苗木は自分にとって必要以上の養分を土中からくみあげることになる。

 アヤメ、トリリウム、ジンジャなどの花が、深い森に咲く。森の外縁の、陽の多く当たるところでは花が多くなる。春から夏のはじめにかけて、花ざかりだ。シャクナゲ、アザリア、オダマキ、コケモモなども花を咲かせる。

 毎朝、太平洋からレッドウッドの森へ、霧がやって来る。大木の密生する森林が、白い霧にひたされる。霧が発生するような気候条件、そして霧そのものの湿気が、レッドウッドにいっそうの生命を吹きこむ。

 霧の海の底で、森林の小さな生き物たちがそれぞれに命をはぐくみ、レッドウッドの内部の毛細管は、水の分子をひとつずつ、今日もそのてっぺんにむかって、くみあげている。

  THE NATIONAL GEOGRAPHIC MAGAZINE VOL. 126, NO. 1 (JULY/1964)より。

(『スターダスト・ハイウエイ』1978年所収)

今日のリンク:『ナショナル・ジオグラフィック』英語版
こちらから、1964年6月号に掲載された写真を見ることができます。
▼英語版アーカイヴ1964年6月号 特集「World’s Tallest Tree Discovered」:THE NATIONAL GEOGRAPHIC MAGAZINE VOL. 126, NO. 1 (JULY/1964)
▼レッド・ウッドアーカイヴ


1978年 『スターダスト・ハイウエイ』 アメリカ カリフォルニア レッドウッド 自然 雑誌|『ナショナル・ジオグラフィック』
2015年12月3日 05:30
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