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時間はここでもまっすぐに突っ走った

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「今日、秋のよく晴れた日、僕ともうひとりの僕は、都内のJR駅で午前中に待ち合わせをし、ふたりで写真を撮って歩き、午後3時30分のいま、新宿のホテルのコーヒー・ショップで、アメリカン・クラブハウス・サンドイッチを食べてコーヒーを飲んでいるのです。ふたりとも今日は遅い昼食です。使った時間に対して収穫はあったのですが、気持ちを決定的にマイナスの方向へ引っぱっていくような収穫ばかりでしたね」

「プラスに転換するのは大変だね。待ち合わせの時間より少し早く到着したので、僕はあの駅の周辺を歩いてみたけれど、あの雑然とした落ち着きのなさは格別だね」

「駅で電車を降りて、ホームを歩き階段を降りていき、改札を抜けて駅前へ出てくるという行為は、あの駅ではじつに二十何年ぶりなんですよ、僕は。ホームも階段も改札も、とにかく構内のスペースは昔とまったく変化してません。スペースも構造も、昔と同一です。しかしいまは乗降客の数は何百倍にも増えているはずです。だのに駅そのもののスペースも構造も、二十何年まえとおなじというのは、これは驚きです。インフラストラクチャーのいったいなんという貧しさですか」

「社会資産は、確かに極端に不備だね。あの駅で降りるのは、ほんとに二十数年ぶりなの?」

「じつはあの駅で降りて大学へかよっていたのです。駅を出て来てあたりを見渡すと、一見したところあまりの変わりようにびっくりするのですが、落ち着いてよく観察すると、昔とくらべてなにも変わっていないことに気づきます。醜い混乱の度合は極限ちかくまで高まっていますが、道路の幅はおなじ、歩道の幅もおなじ、そしてびっしりと建てこんでいる建物の数も、昔とおなじなのではないでしょうか。昔は二階建ての小さな建物だったのが、いまはひとつひとつの建物の面積は変わらないまま、五階、六階といったいわゆるビルになっているだけです。ただし昔にくらべると、すべての建物がなんらかの店舗になっていて、看板やポスター、装飾などがこれも限度いっぱいにぶちまけてあります。既得権の分布状態は、二十何年まえとほとんど変化していないのです。そしてそのなかの誰もが、目いっぱい商売にはげんでいます。インフラの極端な不備の上に、既得権がぎっしりと乗っていて、その既得権のどれもが限度いっぱいに商売に利用されているので、あのような雑然と混乱した印象になるのです」

「それにしてもあの美しくない混沌ぶりはすごい」

「とは言え、まったくの無秩序ではないのです。既得権と商売という秩序は揺るがないのですから、これはまさにもっともピュアなかたちでの、ジャパニーズ・スタイルです」

「確認はするけど、いまさら驚かないということだね」

「確認と言えば、今日の僕が最終的に確認したのは、日本で四年も大学生をやってしまったのは、暗い過去だということです。自分には暗い過去などないと僕は思っていたのですが、大学生だった四年間というものは、暗い過去です。以前からわかっていたことですが、今日は最終確認をしました」

「駅から大学まで歩いたのだけど、あの貧しさにはただただ声もないね」

「三十何年まえは、東京という田舎のなかの、ただ単なるさらなる田舎でしかなかったのですが、いまでは大変にマイナスの意味で、別なものになってます」

「学生街、ということになってるから、安い食物屋とヴィデオのレンタル店だけ、ほかにはなにもなし、という印象だね」

「日本ぜんたいの問題ですけれど、学生の頃は人生でもっと大事な時期ですから、出来るだけいいもの、美しいもの、すぐれたものなどに触れておき、なにかをしっかりと身につけておかなくてはいけないのに、そのまったく反対が現実なのです」

「内容の徹底した貧しさに、荒廃が重なってるね。まともな商売は出来ないね、あのあたりでは」

「懐かしさなんてなにも感じませんし、愛着もないということにも、僕は気づきました。また、愛を持って接してはいなかったのです。これは傷です。暗い過去のなかにあるひとつの傷です」

「僕は先週までニューヨークにいってたのです。日本で翻訳されているエド・マクベインのミステリーの表紙は、僕の写真なのです。その写真を撮りにいったのだけど、ニューヨークはいついっても懐かしい」

「きみにとっては、青年期の修行の地ですからね。かつて自分の場所だったいろんなところが、いまもあまり変わらずに残ってるでしょう」

「ほとんど変わってない。変わっていない、ということが懐かしさの純度を高めてくれるね。そして懐かしさは、さっききみが言った、愛につうじてる」

「愛を持ってその街に接することが出来るかどうかは、その社会ぜんたいを支えている基本理念の差ですよ」

「社会の底力となって出てくるよね、その差は。たとえばニューヨークのバスでは、身体障害者のために、車椅子のまま車内に入れるよう、リフトが完備している。歩道から車体のステップまで、かなりの段差があるので、年配の人たちは乗るときに苦労する。だからニューヨークのバスは、人が乗るときには、歩道にむけて車体が傾くんだよ」

「そういうことが社会のなかに普通のこととしてあるというのは、まさに底力です。僕はニュージーランドのバスの話をしましょうか。まだ僕が二十代の頃、ニュージーランドへふといってみて、なにをするでもなくうろうろしていたときのことです。静かで美しい住宅地のなかに道路があり、路線バスが走ってるのです。停留所があったので、どんなバスが来るのかと思って、僕はベンチにすわって待っていました。住宅地ぜんたいが公園のように美しくまとまっていて、道路もまたそれにふさわしい出来ばえなのです。待っていると、乳母車を押した若いお母さんが、停留所へ来ました。やがてバスが到着しました。停留所で停止したバスから、運転手が降りて来ました。若いお母さんは乳母車から子供を抱き上げ、運転手はその乳母車を押してバスのうしろへいき、車体後部にあるフックに乳母車を掛けたのです。お母さんはバスに乗り、運転手は運転席に戻り、なにごともなくバスは発車していきました。強い感銘とともに、僕はそのバスを見送ったのですが、そのときに僕が感じた感銘のなかには、五十年たっても日本ではこんな光景は見ることが出来ないだろう、という思いも加わっていたのです」

「百年たっても駄目だね。もっとも、百年後には日本はないか」

「車体が傾くバスも、乳母車を掛けて走るバスも、日本にはあり得ないのです。なぜかと言うと、一般の普通の市民が、そのようなことを強く要求しないからです。自分がどんなふうに生きたいのか、思い浮かびもしないから、要求も出来ないのですね。思い浮かばないとは、つまり、本当には生きていないということです。人々の生活のなかでの、時間というものの進みかた、ということに僕は話をつなげます。人々が持っている時間の観念です。時間の質、と言ってもいいですね。どう生きているのか、なにをして生きているのか、ということです。多様な生きかた、さまざまに異なった存在のしかたを、丁寧に拾い上げて進んでいく時間、これが民主主義です。時間は限りなくジグザグをくりかえし、一見したところ効率は悪いのです。いま話に出たニューヨークやニュージーランドでの時間の進みかたは、簡単に言うとこのような時間の進みかたです。ところが日本では、ほとんどあらゆるものを切り捨てて、ものすごく高能率に、猛烈なスピードで、時間は直進だけをおこなっています。こんなふうに進む時間とは、つまり、生産と消費の拡大主義に支えられた経済システムが人々つまり労働力に対して要求してくる時間です」

「時間の高能率な直進は約束されるけれど、あとにはなんにも残らない、というシステムだね」

「なにも残らないとは、いまはこれ、次はこれ、そしてその次はこれというふうに、当座の間に合わせが常に連続するだけ、ということです。じつにみじめな結果になりますよ。結果がこうもみじめであるからには、人々がまともな価値やきちんとした意味のなかを本当に生きているとは言いがたいのです。意味や価値など、とっくにないのですね。放棄したから。したがって、どこにもないのです」

「本当に生きてはいないけれど、死んでもいない」

「その中間ですね」

「役割を演じてるだけなんだ」

「そうですね。社会のなかにすでに用意されている役割に乗っかって、直進だけする猛スピードの時間に自分を合わせてるだけです。たとえば大学生は、四年たてばそれで終わりですよね。当座の間に合わせの時間を送ってるだけです。しかもなんにも疑うことをせず、もっとも安易なかたちでの間に合わせをおこなってます」

「写真を撮りながら、僕たちはあの大学にたどりついたわけだけど」

「僕があそこで学生をやってたとき、すでにはっきりわかっていたことですけど、あれは大学でもなんでもないです。最高学府だなんて笑止千万ですね。あらゆる意味ですでにスラムです。ゲットーです。会社の新入社員養成所だと僕はずっと思っていたのですが、さらに質が低下して、いまは収容所です」

「勉強なんてもういっさい関係ない、という雰囲気はいたるところにあったね」

「駅や駅の周辺とおなじく、ここもまたインフラストラクチャーは極端に貧しいですね。昔はまだ大学を中心にして、多少なりとも地域にまとまりのようなものが雰囲気としてあったのですが、もう駄目です。誰もがばらばらに経済原則だけを追っかけてきた結果、さっきも言ったとおり、意味も価値もなくなり、経済だけが残ってそれがいまでも突っ走ってます。それだけです。学問とはなんの関係もない事業のための工事が学校の中でおこなわれてましたね」

「僕の大学もひどかったけど、今日のもひどい。四年間収容されていて、卒業証書をもらって、あとはそれっきり」

「大学での勉強は、本当の意味ではほとんどしてないでしょう。社会に出ても役に立たないですし、誰もがそのことをよく承知した上で、みんなが形式的な役割を演じてるだけ、とでも言えばいいでしょうか。僕は法律を勉強したことになってますけど、『きみは法学部だったよね、法律には詳しいかい』『いいえ』てなもんで終わりです。四年間を費やして、いいえ、のひと言で終わりですから」

「というような収容所から、毎年、大量の新卒が、日本の人材として社会へ送り出されていくわけだけど、その人材とやらを受け取るほうでも、そろそろ真剣に考えてるだろうね、質というものについて」

「トータルな意味での、かなり厳しい基準で、質にランクをつけはじめてると僕は思います。新卒なんか採用しても、企業にとってダメージになるだけだという傾向は、もはやはっきりしてるでしょう。僕の母校なんか、厳しく評価したなら、ものすごく低い位置しか獲得出来ないと思います」

「そして、今回の写真だけど」

「猛スピードで直進していく時間、というものの通路の外にこぼれ落ちて久しい、もはや誰もいちべつだにしなくなった、うち捨てられた過去ですね、今回のテーマは。人々の感じかたとしては、ただ単に古くきたないものでしかなく、残骸としてたまたまいまも残っているものでしかないでしょうけれど、僕はこういう光景に感銘を受けるたちなのです。芸術ですよ、これは。時間の経過のなかで、結果としてこうなったものにしか過ぎない、と言ってしまうとそれっきりですけど、作ろうとしたってなかなかこうは出来ませんからね。すくなくとも写真には撮っておきたいと僕は思うのです」

「ふっとわき道に入ると、古い木造の建物がひとつふたつ残っていたりするんだよね」

「有名な喫茶店がまだありましたね。四十五年も続いているという店です。残骸の一歩手前で踏みとどまっているような。あるいは、たまたまいまもあるだけ、というような。そしてその店の角を曲がってわき道に入ると、学生の頃の友人が住んでいた木造モルタルの二階建てのアパートが、さすがにいまは廃屋ですけど、残っていました」

「作ろうったってこうは出来ない、という気持ちはよくわかるよ」

「あらゆる当座の間に合わせが、日本特有のひとかたまりの団子になって、直進だけしか知らない時間の急坂を転げ落ちていく、といった風情のおもて通りからふっとわき道に入ると、そこに意図されざる芸術作品があるのです。ポップアートの展覧会がロンドンでおこなわれてましたけれど、ポップアートなんかまるで馬鹿馬鹿しくなるほどに、こちらのほうが芸術です」

「時間が積み重なってるからね。飛んではいかずに、ひとつのところに停止して、その上に重なっていくという動きの時間を、きみは見てるわけだ」

「出来たばかりの新品のポスターは紙製品の一種でしかないのですが、街角に貼られたとたん、時間の象徴になりますね。色あせ、ちぎれ、汚れ、貼った跡だけが残る、というふうに時間が表現されるのです」

「直進だけする時間というものの、その時間の身内のひとりによる表現だ」

「経済原則を推進力にした、直進だけする時間のなかにいる人たちの行く末の表現でもあります。被写体として発見し、ファインダーごしに見て、シャッターを押して撮影するときの感銘は、だから、強くマイナスの方向へむかうものなのです」

底本:『ノートブックに誘惑された』角川文庫 1992年

今日のリンク:片岡義男.com「掲載情報|「BRUTUS」森山大道と作る写真特集」


1992年 『ノートブックに誘惑された』 写真 戦後 日本 時間 東京 社会
2016年2月17日 05:30
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