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創意と工夫との結果による、まったく新しいもの

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 クエイカー・オーツの、あの帽子をかむった血色のいいおじさんが何人もずらっとそろって、オートミールの棚からぼくを見ている。このおじさんも昔はいかにも昔ふうだったのに、いまではスマートにデザインされたロゴのようになっている。パンケーキ・ミックスの箱の片隅には、ジマイマおばさんがいまでも白い歯を見せて陽気に黒人的に笑っている。しかし、クエイカー・オーツの会社が正式にオーソライズしたジマイマおばさんは、もういない。

 ホウレン草のおひたしを冷凍にしたような食品のビニール袋には、ジョリー・グリーン・ジャイアントが元気そうにしている。モートンの塩のパッケージには、傘をさしたあの小さな女のこが、いまでも塩をこぼしながら歩いている。彼女も、かつての昔ふうのタッチの絵から洗練された絵へと、変身をとげている。『トップセラーズUSA』という本をなにげなく見ていたら、このモートン・ソルト・ガールを描いたタッチの変化が、時代ごとに何とおりもならべてあるのが目に入った。クエイカー・オーツのおじさんの顔の変化も、図示してあった。

 プランターズ・ピーナッツのミスター・ピーナッツや、クラッカー・ジャックの少年水兵さんもいまだに元気なようだ。顔はなくても、ダンカン・ハインズ、ハインツ、ダーキーズ、ベスト・フーズ、ビアトリス・フード・カンパニー、サラ・リー、クラフト、アーマー、などとブランド名をあげていくと、それぞれのブランドによるさまざまなロング・セラーあるいはトップ・セラー商品の味や香りが、華やかに浮かんでは消え、消えては浮かぶ。アメリカのどこのスーパー・マーケットにもある、よく知られた昔からつづいている食品のブランド名や製品会社名をかたっばしから列挙していくだけで、現代詩がゆうに一篇、できあがるのではないだろうか。

 見てくれだけではなく、食品の場合、味や香りそして色をつくり出すためのフォーミュラが、基本的には昔とほとんど変化していないことが多い。数十年前とまったくおなじ味や香りが、いまでもスーパー・マーケットの棚にならび、ショッピング・カートを押して歩いていく人々に呼びかけている。ライフ・セイヴァーズというドロップのひとつひとつの穴のなかに、数十年も前のアメリカの味と香りがそのままに残っている。野球選手のカードの入ったバズーカのチューイングガムを嚙んだとたんに、その不変的な味や香りによって少年時代のすべてが光のように一瞬のうちによみがえったりする人は多いに違いない。

『トップ・セラーズUSA』のカラー・ページでは、じつに思いがけなくも、キング・ジレットに再会してしまった。剃刀用の薄い両刃のブレードの包み紙の一枚一枚に、昔は、そのブレードの創案者だというキング・ジレットのひげをたくわえた顔がクラシックなデザインで印刷してあった。青い色のついたブレードだったからブルー・ブレードと呼ばれていた。人々が毎日のように使っては次々にすてていくものを考えて創り出せば金持ちになれる、というポリシーにもとづいて、キング・ジレットは、あの両刃ブレードをつくり出したのだという。このブレードを使いすてにせず、研いで再使用するための小さな道具とともに、キング・ジレットはなつかしい。

 簡便食品のフォーミュラがいつまでたっても変化しないのとおなじように、日常用品のこまごましたものも、たとえばパッケージのデザインは大きく変わっても、その品物の基本的な性質や使い勝手そしてタッチなどは、長い期間にわたってずっと同じであるようだ。クレイヨーラのクレヨンの一本一本は、手にとってみると昔とほとんどおなじだし、香りも発色も、そして描きやすいのか描きにくいのかよくわからないようなタッチまで、昔と変わっていない。

 家庭電気製品のたとえばダイアルやツマミのデザインとか配列、使うときのタッチ、機能のふり分け方などいつまでたってもアメリカのものはアメリカ的としか言いようがないほどにアメリカらしさを持ちつづけている。

 アメリカでの日常的な生活エリアのなかでのトップ・セラーズやロング・セラー商品は、ブランド名や商品名が日常用語的に確立されていて、売る側とそれを買って使用する側のコール・アンド・レスポンスのような呼びかけと応答のパタンがしっかりと出来あがったものなのだ。町へ買いものに出ればかならず目にするなじみの風景の一部分のようなものだが、『トップ・セラーズUSA』のお勉強テキストをひろい読みしていると、アメリカでトップ・セラーの座を手中にするにいたった商品の大部分は、はじめてそれが市場に出てきたときには、それまで存在しなかったかあるいは注意を払われることのほとんどなかったエリアにおける創意と工夫との結果による、まったく新しいものとして登場していたことがわかる。

底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年

今日のリンク:”モートン・ソルト・ガール”の100歳の誕生日(動画) saltgirl


『自分を語るアメリカ』 アメリカ デザイン 日常用品 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』
2016年2月7日 05:30
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