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ナポリへの旅

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 スパゲッティ・ナポリタン、という呼び名の料理が、かつて日本にあった。あるいは、いまでもまだある、と言うべきか。間に合わせにちょっとなにか食べておく、という食べかたの伝統が、たとえば首都東京には江戸時代からある。江戸に流入して浮動する人口の食生活を、江戸にたくさんあった屋台が支えた。スパゲッティ・ナポリタンは明らかにこの伝統のなかに位置されるべきものであり、日本全国どこでも、駅前あるいは商店街の喫茶店には、メニューにならぶ食べ物の中心のひとつとして、スパゲッティ・ナポリタンがあった。

 絶滅したとは言えないものの、ナポリにはなくて日本にだけあると言われているこのスパゲッティ・ナポリタンは、いま急速に消えつつある。スパゲッティに関して日本人は若い人たちを中心に口うるさくなり、けっしてまずくはないスパゲッティが何種類も、いろんなスタイルの軽食の店で昼夜を問わず供されている。駅前の再開発と命運をともにした喫茶店の減少は、スパゲッティ・ナポリタンが消えていく道ともなった。

 うどんを茹でるのとおなじ態度で茹でた太めのスパゲッティふうの麺に、マッシュルームのスライス、緑色のピーマンの細切り、玉葱の細切り、ハムのおなじく細切りなどを定番の具として、スパゲッティごとケチャップで盛大に炒めつつからめたのが、スパゲッティ・ナポリタンだ。皿に盛ったのをフォークで食べる。全盛期を前期と後期とに分けると、後期においては粉チーズとタバスコが、ともにテーブルに出て来ることが多くなった。

 このスパゲッティ・ナポリタンを日本じゅういたるところで食べ歩き、写真に撮って文章を添え、日本におけるスパゲッティ・ナポリタンの鳥瞰図とも言うべき本をまとめたい、という思いを僕は十年以上も前から、構想として温めてきた。知人や友人たちにこの話をすると、彼らは手を打って賛成してくれる。彼らがどこまで本気なのかは保証のかぎりではないけれど、僕は本気だ。

 本気とは言え十年も手をつけずにいると、情勢はいつのまにかかなりのところまで変化をきたしている。十年前ならまだ鳥瞰図になり得たけれど、いまでは面影をしのぶ挽歌のようになりかねない。早くしないとスパゲッティ・ナポリタンそのものが消えてしまう。西日本に多いような気がしているから、この夏を期して明石あるいは須磨あたりから、スパゲッティ・ナポリタンを探しては食べ歩く、自称・ナポリへの旅を始めることにきめたのだが、北海道から手をつけるべきだ、というやや厳しい意見がここにきて相次いでいる。自分が好きで得意な西日本の夏に、最初から身を委ねるのは軟弱ではないか、と多くの人が指摘するのだ。

 ではどこならいいのかと訊くと、北海道を目ざせ、と彼らは一様に言う。北海道へ渡り、鉄道に乗り、駅をひとつずつ降りては、その周辺の軽食堂や喫茶店をめぐり、スパゲッティ・ナポリタンを探せ、と彼らは言う。言われてみれば彼らの意見も正しいかな、と僕は思う。ナポリを求めて北海道でひと夏を過ごす。広い土地と鉄道は魅力的だし、駅ごとにスパゲッティ・ナポリタンがあるのではないかと思い始めると、気持ちは早くも北海道だ。フェリーでいこうと思う。そのフェリーの食堂に、昔懐かしい姿と味そのままに、スパゲッティ・ナポリタンがあるに違いない、と僕は思うからだ。

初出:Gakken mook「鉄道でゆく」二号 2004年7月
底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 2005年


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2020年5月19日 07:00
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