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お母ちゃんという人

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 僕にはお母ちゃんがいない。母親を呼ぶときの言葉は、僕の場合、最初から最後まで、お母さんだった。自分のことをお母さんと呼ぶようにと、母親はまだごく幼い僕をしつけたのだ。まだなにもわからないけれど、言葉らしきものはなんとか声に出すことの出来た段階の赤子に到達していたのだ僕は、母親にそうしつけられるまま、母親という人のことをお母さんと呼ぶことになった。

 子供に自分のことをお母さんと呼ばせることにより、母親は自分をお母さんという自分へと、導いたのだ。お母さん以外の呼びかたでは得心がいかなかったからお母さんなのであり、このことに僕は異存はなにもない。そのお母さんがこの世を去ってすでに久しいいまになってようやく、お母さん以外の母親の可能性について、僕は考えをめぐらせるようになった。

 お母さんという呼びかたからもっとも遠い呼びかたは、なにだろう。かあ、というひと言だろうか。自分の子供からかあと呼ばれることが、僕の母親はけっして似合わない人ではなかったと僕は思いたいが、お母さんをやめてかあにするとなると、生活のありかたのすべてをなにからなにまで、まったく別のものにしなくてはいけなかっただろう。呼びかただけ変えればいい、というものではない。かあにはかあの暮らしがあり、お母さんにはお母さんの生活がある。

 では子供のほうはどうなのか。自分の母親をかあと呼ぶことなど思ってもみず、最後まで言いつけどおりお母さんと呼んだ子供の運命は、どのように展開するものなのか。かあは極端だとして、ごく穏便なところでお母ちゃんだったなら、僕は果してどうなっていたか。母親をお母さんと呼ぶか、それともお母ちゃんと呼ぶかのあいだには、決定的な違いがあるというのが、いまの僕の考えだ。どこがどのように違うか、詳細にすべてを説明しようとすることに、意味はほとんどない。とにかく決定的に違う、と認識するだけで十分だろう。

 母親をお母さんとは呼ばず、お母ちゃんと呼んでいたなら、赤子の僕から現在の僕に至るまでの日々はすべて省略して、現在の僕だけを考えてみると、ひとりの人としての基本的な成り立ちが、いまの僕とはそもそもまるで異なるという、怖るべき可能性はもっとも魅力的ではないか。

 母親をお母ちゃんと呼ぶことを最初の入口にして、そこから先はまったく違う人生を送るのだから、ひとまずの到達点である現在の自分が大きく異なっているのは、当然のことだろう。いまの僕とはまるで別世界の仕事をしていて、顔つきと体つきにはどこか似たところがあるものの、喋りかたから態度、物腰、人あたりなど、すべて別人となっていても、なんら不思議ではない。

 その逆に、いまの僕とほとんど変わらない人ではあるけれど、どこか微妙な一点が決定的に質を異にしている、といった可能性にも、興味のつきないものがある。子供に自分をお母さんと呼ばせることにより、お母さんとしての人生を母親は手にしていったのとおなじく、母親をお母さんと呼ぶことをとおして、僕はその後の人生を大きく規定されたような気がする。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年


2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 子供 少年時代
2016年5月8日 05:30
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