アイキャッチ画像

WINTER SPECIAL SALE MAX 50%OFF

縦書きで読む

LinkedIn にシェア
LINEで送る
Pocket

 一九五六年の年末に近い時期に、板橋区にいまでもある大山銀座という商店街で撮影された一点の白黒の写真が、『東京人』という雑誌の二〇一八年四月号に掲載されている。いま僕はそれを見ている。いまから六十一年前の板橋区の商店街の、とある店舗の前に、幟が斜めに立ててある。その幟の縦長のスペースいっぱいに、「歳末大売出し」という日本語が、毛筆体とも言うべき書体で、大きく印刷してある。「売」は旧漢字だ。そして最後の平仮名の「し」は、「出」の左側で「出」を抱き込むかのように、弧を描いている。

 僕が子供だった頃には、これとおなじようなものを、年末になるとあちこちで見かけた、という記憶がある。いま書いているこの文章のために頭のなかで捏造された記憶ではなく、確かに現実のなかで、これとよく似たものを、幼い僕は何度も見かけた。特別なものでもなんでもない、ごく平凡な、日常そのものと言っていい、歳末の大売出しを道ゆく人々に伝えるための、単なる幟だ。

 二〇一七年の十一月そして十二月に、東京都の町田市の商店街で僕がしばしば目にとめたものをひとつにまとめて代表させると、WINTER SPECIAL SALE MAX 50%OFFという英文字による表記だった。これは幟ではなく、横置きのボードに印刷されたものだった。町をゆく人たちのほとんどが、戦後から日本で教育を受けた人たちであることを考えると、この英文字表記をひと目見てただちに、彼らはその意味するところを理解出来たのだ。MAXとは音声ではマックスと言い、最大では、という意味だ。けっしてマクシマムではなく、どこまでも、マックスだ。

 おなじ季節に発行された、Land’s Endという衣料品の通販会社のカタログで、僕は次のような英文を見た。Ultimate Winter Sale Special Price Up To 50%Offというものだった。もとはアメリカのブランドであり会社なのだが、いまは日本でも事業を展開していて、僕が見たカタログは日本人に向けたものだ。カタログに掲載されている服はごく普通のものであり、したがってこのカタログを見ることを期待されている日本の人たちもまた、ごく普通の人たちだ。

 年末という季節に主として衣料品が特売されているとき、そのことにともなう言葉を僕はたくさん覚えた。いまでも記憶している。列挙してみよう。ウインター・スペシャル。ウインター・キャンペーン。冬の特別キャンペーン。ラスト・チャンス。ビッグ・バーゲン。ウインター・バーゲン。ラストチャンス・セール。ファイナル。FINAL。値下げしました。SALE。セール。バーゲン。クリアランス。プライスダウン。イージープライス。スリムプライス。クロージング・セール。冬物一掃。ウインター・セール。PRICE DOWN。次のような文言も僕はしばしば目にした。「店頭表示価格よりレジにて10%OFF」「特価品2点以上お買い上げでレジにて10%OFF」「一部商品除外MAX50%OFF」「一部除外商品もございます」これは、商品によっては値下げをしません、という意味だ。「店内商品最大70%割引 詳しくはスタッフまでお尋ねください」「まとめ買い割引キャンペーン2枚で30%OFF」

 More Saleというのも見た。SaleがMoreなのだ。さらなるセールか。単にセールが続いているのではなく、さらなるセールがおこなわれている、という意味だ。もっと安い、と言えば端的でわかりやすいか。「Sale商品2点以上ご購入でさらに10%OFF」なのだから、セールのために安く値付けされている商品が、さらに一割安くなる。これがMore Saleか。Sale商品はセール商品と書いてもいいし、セール・アイテムという言いかたもいまでは日本語だ。店舗の前の路面に立ててあり、横から見ると三角形になっている長方形のボードを、日本語でなんと言うのだろうか。これときまった一定の呼称はまだないようだ。開いて立てるボード、というような言いかたで、充分に通用するだろう。

 このボードのいちばん上に、10%OFFともっとも大きな書体でうたってあり、その下にThanks Weekという英文字がデザインしてあった。サンクス・ウィークとは、なにか。いまの日本でなんとか日々を送っている人の直感として、これは、感謝の一週間、というような意味ではないか、と僕は思った。いつからいつまでと期間の定められた一週間のなかで、その店で買い物をするなら、その商品の値段は一割引になる、ということだ。ボードの下のほうには、そのボードのなかではもっとも小さな書体で、条件がいくつか上げてあった。セール品は除外され、メンバーズカード、メルマガ、LINE提示のいずれかでないといけないのだそうだ。

 黄色いスペースとなっていた長方形のボードのいちばん上に、Final Soldesとあり、その下に赤い地の長方形があり、そのなかには「さらに値下げしました」という文言が、白い字で二行に横書きされていた。このボードを、そこに立ちどまってしげしげと見て、核心はデザインなのではないか、と僕には閃いた。顧客となるかもしれない不特定多数の人たちに値下げを告知するのではなく、値下げを告知する文言を英文字で自分がいかにデザインするかが、もっとも重要な問題となっているのではないか、という閃きだ。特売や特価、さらには特売品や特価品はいまやセールの一語に収斂されていて、セールはさらにSALEとなり、そのように表記されて、日本語だ。特売や特価などの漢字にくらべると、SALEのほうがはるかにデザインしやすく、その結果としてきれいになり、デザインした自分たちの満足度は高まる。

 六十一年前、一九五六年の「歳末大売出し」が、そこから六十一年後の二〇一七年になぜ、SPECIAL WINTER SALE MAX 50%OFFになったのか、その謎はたやすく解けていく。デザインなのだよ、と僕は言う。英文字のほうがデザインしやすい。英文字も奥は深いのだが、漢字、平仮名、そして片仮名をデザインするには、それぞれに関してゆらぐことのない素養が必要だ。英文字のほうが恰好いい、という意見をかつて僕は聞いた。そのことを友人に言ったら、日本語は貧乏くさいんですよ、とその友人は反応した。日本の数多くの若い女性たちに聖典とまで言われたほどに広くいきわたった雑誌を、何年にもわたって編集長として作ってきた人の、なにげないひと言による意見だ。そこまで言うか、と僕は思った。「歳末大売出し」が消えたのは、それぜんたいに、抜きがたい貧乏くささがあったからなのか。貧乏くささは、いたるところに存在している実体としての貧乏から、立ちのぼってくるものなのではないのか。

 いま僕が使っているワープロの専用機には「パーセント」の記号を印字することの出来るキーがある。そのキーには三つの文字ないしは記号が託されていて、ふたつまでは出せるのだが、「パーセント」の記号を出すにはどうすればいいのか、いまだに僕は知らない。したがってここでは軽口の一種としてパーセントと片仮名書きするとして、パーセントOFFという言葉は、夏と冬のセール期間の店頭では、必須であるようだ。どの店舗の店頭にも、どの告知ボードにも、パーセントOFFの言葉がある。パーセントの数字がどこまで上昇するか注意していたら、70そして80という数字を一日のなかで続けて見たのは、二〇一七年の七月十九日のことだった。

 パーセントの数字がいくつであろうと、割引きは商品を売る店の都合であり、店の側の言葉だ。OFFされるパーセントは、それをうたうそれぞれの店舗の都合でしかなく、その意味で、じつはたいそう一方的なものだ。この一方的な様子は年末の、あるいはそれより数か月だけ過去の夏の盛りのサマー・セールの、際立ったひとつの特徴だ。貧乏を抜け出して豊かになる、という考えかたと、緊密にひとつになったものではないか。貧乏をいかに生きるか、という考えかたからは生まれてはこない、一方的な推力だ。

 セールを英語でうたうとき、かならずあるのは、双方向を指向した言葉だ。たとえばサマー・セールで割引率が最大で50パーセントになるとき、Summer Sale, Save Up To 50%.というように、相手側にとっての動詞であるsaveが使われないことには、話にならない。割り引かれた分だけ支払わなくて済む、したがってそれを自分のところに溜めておくことが出来る、という意味ないしは語感だ。Save Up To 50%. が、MAX 50% OFF.となるのが日本だ、という言いかたは成立する。だから、MAX 50% OFF.は、れっきとした日本語なのだ。

 全商品3パーセント引き、というような言いかたはどこにでもある。しかし日本にないのは、Earn 3% on all purchases.といった言いかただ。すべての購入で3パーセント「稼ぎ」なさい、とこの英語のひと言は人々に伝えている。自分のものとして新たに手に入れる、という意味のearnは、saveとおなじ世界のなかにある言葉であり、saveとおなじく、双方向を指向している。店からのアクションと、それに応じた顧客の側のアクションとが、saveやearnの機能の内部で均衡している。

 ポイント、という言葉はとっくに日本語だ。通じる英語としてはrewardsだろう。ポイントがすぐにたまる、という日本語を英語にすると、Rewards add up fast.のようになる。ポイント合計が10ドルになるたびに10ドル分のクーポンがもらえます、と英語で言いたかったら、Receive a $10 coupon every time your rewards total $10.とでも言えば充分すぎるほどだ。日本語では「もらえます」と、状態で表現されている部分にあるのは、Receive「自分のものとして受け取る」という、きわめて端的な動詞による、相手側のアクションを動詞で表現した世界だ。

 英語の言いかたのなかにあらわれる動詞をたどるだけでも、ポイントとはいったいなになのか、誰にでもわかることにも注目したい。ポイントとは、購入するためにおこなった支払いに対する「報償」であり、それは購入ごとにadd up「溜まっていく」ものであり、一定の額にtotal「達する」と、一定の額のクーポンをreceive「受け取る」ことが出来る、という仕組みだ。そしてこの仕組みは店舗側のものであると同時に、その店舗で買い物をする顧客側のものでもあるという双方向的なものであり、それ以外のなにものでもない。

『フリースタイル』2018年4月


1956年 2017年 2018年 Land's End OFF SALE WINTER SPECIAL SALE MAX 50%OFF カタログ セール チョイス デザイン バーゲン フリースタイル ポイント 値下げ 割引 商店街 大山銀座 子供 年末 日本語 板橋 歳末大売出し 特価品 特売 特売品 町田 英語 衣料品 貧乏
2020年6月17日 07:00
サポータ募集中