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マンハッタンの10番通りと14番通り

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 自分にとっていちばん好きな場所はニューヨーク、特にマンハッタンだ、といつも言っていたアメリカ人の友人の持論は、ニューヨークはアメリカのなかの独立国だ、というのだった。

 どんな人のどのような視点や興味からニューヨークをながめても、そこにはほとんど底なしに近い刺激に満ちた世界がかならずある、とその友人は言っていた。したがってニューヨークほど面白いところはなく、これほどに面白い場所は独立国と呼ぶのがもっとも似つかわしいと、こうなるわけだ。

 きみはニューヨークが好きか、とその友人にきかれて、好きだ、とぼくはこたえた。ではニューヨークのどんなところが好きか、と彼が熱意をこめた目でぼくをじっと見つめてききかえしたから、ぼくは、反射的な思いつきで、「ガーベジ・キャンが好きだ」と、こたえた。

 ガーベジ・キャンは、生ゴミや紙くずその他ゴミと呼びうるものすべてを一時的にすてておく缶のことだ。プラスティック製もあるかもしれないが、ぼくが好きなガーベジ・キャンは薄い鉄板製で、取手のついた丸いふたをガパンとかぶせておく、あのガーベジ・キャンだ。

 縦にすじの何本も入った胴体の左右にも、取手がついている。建物の外にいくつもならべて出してあり、人々はここにゴミをすてていく。そして、サニテーション・デパートメントだと思うが、ゴミを集めてまわる人たちが、このガーベジ・キャンからトラックにゴミを回収していく。ガーベジ・マンのユニフォームはグリーンだったと思う。

 このガーベジ・キャンが、ぼくはほんとうに好きだ。なるほど、そうか、という表情で大きくうなずいた友人は、つぎのように言った。

「ニューヨークという都会におけるガーベジの問題はたいへんに面白いし、ガーベジに対する人々の態度も興味深い。そして、ガーベジ・キャンのなかみも刺激に満ちているし、ガーベジ・キャン自体も、充分に興味を持ちうる対象である。ぼくも、ガーベジ・キャンは好きだ」

 こんなふうにこたえたあと、自分にとってガーベジ・キャンがどのように面白いのか、その一例を彼は語ってくれた。

 冬の日の午後、雪が降りはじめてしばらくしてから、自分が住んでいるビルの7階の窓から下の道路を見おろすと、道路や歩道にはまだ雪はつもっていず、雨降りのときとおなじように黒く濡れている。建物に沿っていくつもならんでいるガーベジ・キャンの丸いふたの上だけに雪がつもり、黒く濡れて光っている歩道や路面を背景に、白く雪のつもった丸いふたが、点々といくつもあり、その光景はまさにニューヨーク独特の、大都会の詩情なのだそうだ。

 その友人は画家であるから、このような光景をぜったいに見のがさない目を持っているのだろう。ガーベジ・キャンの丸いふたの上だけに白く雪がつもっているありさまをぼくに語って聞かせる彼の言葉を聞いていると、美しく撮れたカラー写真を目のまえに見ているかのように、その光景がイマジネーションのなかに浮んできた。

 ひょっとしたら画家としてのクリエイティヴ・マインドがつくりあげた架空の光景かもしれないとぼくは思っていたのだが、ビル・ビンゼンという写真家の写真集『10番通り』にそえてあるビンゼン自身の文章を読んでいて、まったくおなじ描写にでくわして、ぼくはびっくりした。

 マンハッタンの10番通りのアパートメントにかつて住んでいたビル・ビンゼンは、雪の降りはじめた冬の日に、ガーベジ・キャンのふただけがまっ白に雪をたたえている光景を、濡れた黒い歩道にいくつもあいた白い穴、と表現している。

 この光景が写真集『10番通り』のなかにあるとたいへんいいのだが、残念ながらない。ただし、ガーベジ・キャンを撮ったかなり上出来の写真は、のっている。

 誰のどのような視点や興味にもたえられるのがニューヨークだと画家の友人が言っていた。たとえば画家や写真家にとって、ニューヨークは、自分の創作意欲を刺激する対象に、ほんとうに満ちあふれているのではないだろうか。画家にとってのニューヨークについては、エドワード・ホッパーやリチャード・エステスをとりあげたときにほんのすこしだけ触れた。だから今度は、写真家にとってのニューヨークだ。

 ニューヨークを被写体にした写真集は、ものすごくたくさんあると思う。何冊あるのか見当もつかないほどに多いはずだ。いまぼくがここに持っている2冊の写真集は、なかなか面白い。

 1冊は、さきほどのビル・ビンゼンの『10番通り』だ。1968年に出たもので、当時はまだものの値段が安く、2ドル50セントだった。もう1冊は、『14番通り』という写真集だ。サイ・ルービンとラリー・シーゲルの、ふたりの写真家がつくったものだ。1982年に出たもので、11ドル95セントだ。2冊とも、雰囲気がよく似ている。大きさも、厚さも、そしてともにマンハッタンの1本のストリートをテーマにしているところまで、似ている。

 ニューヨークのあちこちをばらばらに撮ってまとめた写真集は多いけれど、この2冊のように、1本のストリートに的をしぼってつくった写真集は、ぼくの知るかぎりではこの2冊しかない。ブロードウェイや5番街などはきっと何冊もの写真集になっているはずだが、あまり見かけない。

『10番通り』も『14番通り』も、たいへん面白い。マンハッタンの数多いアヴェニューやストリートのなかから1本を選び出し、それを端から端まで写真に撮ったらきっと面白いにちがいない、とかねてよりぼくは思っていた。その思いに、この2冊の写真集はかなりのところまでこたえてくれている。

『10番通り』のほうは、ちょっとまえの写真、という感じがする。被写体となっているストリートの人物や雰囲気が1960年代なのだから当然かもしれない。写真の撮り方そのものも、ちょっとまえの撮り方だ。『14番通り』は、いま、という感じが強い。しかし、写真の撮り方は特別にいま風ではなく、『10番通り』とおなじように、オーソドックスなものだ。『10番通り』に刺激されて『14番通り』ができたのではないかと、ぼくは思う。

 10番通りはマンハッタンを東西に横切っている。西はハドソン河の河っぷちのウェスト・サイド・ドライヴから、東はイースト・リヴァー・ドライヴまでだ。西の端から、グリニッジ・アヴェニューそしてアヴェニュー・オヴ・ジ・アメリカスにむけ、ほぼ東へ、斜めにのびていく。

 グリニッジ・アヴェニューをこえた三角形のところで終りになってしまうような印象があるが、アヴェニュー・オヴ・ジ・アメリカスをこえると、東の端、ジェイコブ・リイス・ハウセズにはさまれたターン・アラウンドまで、まっすぐにのびている。西から東までのあいだに20本の道路と交差して、21個のブロックに区切られている。

 14番通りは、10番通りの4ブロック北だ。このストリートは東西へドーンとまっすぐで、まんなかにユニオン・スクエアがある。

 ニューヨークのマンハッタンという、いろんな異質なものがさまざまに共存する世界のクロス・セクションを、それぞれに生きている普通の人たちの視点からカメラでとらえるのに、10番通りや14番通りは、有利であったのだろう。めちゃくちゃと言っていいほどの異種共存のただなかを、まっすぐな道路がつらぬいているのだから、これに創作意欲を刺激されなかったら、ほんとうにどうかしている。

底本:『ブックストアで待ちあわせ』新潮文庫 1987年


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2016年1月18日 05:30
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