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『メイン・テーマ』

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 1983年の夏の終りに、ぼくは軽井沢で角川春樹氏と久しぶりに会った。ラジオ番組のための楽しい談話の時間を、3時間ちかく持った。来年、つまり1984年の夏、森田芳光監督、薬師丸ひろ子主演で映画を一本公開したいと思っているからその映画の原作小説をカドカワノべルズの一冊として書いてほしい、という依頼をこのときぼくは角川氏から受けた。

 その日のタ方、東京へ帰る電車のなかで、ぼくはおよその考えをまとめた。明くる年には20歳になる薬師丸ひろ子さんは、20歳の女性という自分自身を演じるほかないだろうと、ぼくには思えた。だからぼくは、小説のなかでの彼女の役には、女子短大を出て幼稚園に就職したばかりの保母さん、という役を考えた。彼女にはぴったりだとぼくは思った。映画『メイン・テーマ』のなかでも、ぴたりとはまっている。

 幼稚園に就職しっぱなしでは動きを出すことができず、動きがないとぼくは書きにくいから、就職して一週間でクビになり、遠く離れた次の就職さきへ面接を受けにいく、という設定を考えた。

 監督してくれるのは森田芳光さんだし、脚本もおそらく彼になるだろうから、小説のストーリーをなぞって映画をつくってしまうようなことはまずないのだが、念のため、なぞりたくてもなぞれないような構造を原作に持たせることにした。主人公である薬師丸ひろ子さんの相手役にやはり20歳の青年を配し、この青年が日本全国を旅していくなかでさまざまな人に出会い、興味深い人が登場するたびに一種のフラッシュ・バックがおこなわれ、その人の物語がしばらくのあいだ展開する、という形式をとることにした。

 とりあえず『メイン・テーマPART1』が出来あがり、1983年の11月に本になった。このPART1一冊だけにもとづいて森田芳光さんはシナリオをつくり、ぼくはすぐにPART2を書きはじめた。1984年の7月に映画『メイン・テーマ』が公開されるすこし前に、PART2も本にすることができた。ロードショー公開中に、さらにPART3が本になった。いまのぼくの予定では、小説『メイン・テーマ』のぜんたいが完結するためには、PART12くらいまでスペースが必要だ。そのくらいあれば、いちおう完結するだろう。

 森田芳光さんにはじめてぼくが会ったのは、いまから8年くらい前ではないかと思う。当時の彼は8ミリ映画を自分でつくっていた。その、8ミリによる新作『ライヴ・イン芽ケ崎』をぜひ観てほしい、と森田さんから、雑誌『ぴあ』をとおして連絡があり、当時は水道橋にあった『ぴあ』の、畳敷きの部屋で、ぼくは『ライヴ・イン茅ケ崎』を観た。

 この8ミリの映画に、ぼくはたいへんな感銘を覚えた。この感じを忘れないまま成長していけば、この青年は新しいタイプの映画監督としてかならず成功をおさめるだろう、とぼくは確信した。その確信ゆえに、ぼくは、森田さんを角川さんにひきあわせておいた。『メイン・テーマ』というタイトルは、短篇小説のためのタイトルとしてすでに考えておいたものだった。大きな広がりをイメージのうえで持ち得るタイトルをごくみじかいストーリーのタイトルとして使うときっと面白い、とぼくは思っていたのだが、長篇のタィトルとしてもけっして悪くないし、同時上映のもう一本の作品の『愛情物語』とよく釣り合うので、タイトルは『メイン・テーマ』だとあまり迷わずに決めた。

『メイン・テーマ』のメイン・テーマは、簡単に言ってしまうと、登場するいろんな人物たちひとりひとりの、時間の使い方のちがい、ということだ。たとえば一日の長さというものは、特別に変わった考え方をしないかぎり、誰にとってもおなじだ。時計できざめば24時間である一日は、誰にとっても等しい時間的長さを持っている。しかし、この誰にとってもおなじ長さの一日をどんなふうに使うかは人によって千差万別であり、どう使うかによってその一日が持ちうる内容もまた、まるっきりちがってくる。一日は一年であり、一年は十年であり、十年はやがて一生なのだ。

 小説のなかでは高橋圭子そして平野健二となっている若いふたりの主人公が自由な旅のなかでいろんな人と出会うそのさまざまな出会いは、人それぞれの時間の使い方のちがいをおたがいに見せあうことだ。時間の使い方のつみかさねが、結局はその人の一生を決定していくという、当然と言えば当然の、しかし娯楽小説のテーマとしては相当にやっかいなテーマを、全12冊というスペースのなかでぼくは書いてみようとしているのだということに、いまになってようやく気がつきはじめている。

(『すでに遥か彼方』1985所収)

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今日のリンク:『メイン・テーマ』森田芳光監督/薬師丸ひろ子・野村宏伸主演、1984)

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2015年11月25日 05:30
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