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昔から知っているこの三人

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 サン・メイドというブランド名の干し葡萄が僕の子供の頃からある。これはいいおやつだった。カリフォルニアで栽培され、カリフォルニアの太陽の光を存分に吸収した、カリフォルニアの自然食品の干し葡萄だ。小さな箱に入っているのが、僕の好みだった。なんと言うこともないボール紙の箱なのだが、縦横そして厚さのバランスが絶妙な、たいへん好ましいサイズだった、という記憶はいまでも薄れていない。

 サン・メイドとは、直訳して、太陽の乙女だ。赤い箱の上半分のスペースに、この乙女の上半身が描いてあった。籠いっぱいに収穫した葡萄を両手で体の前にかかえた、若い美人だった。カリフォルニアの干し葡萄の乙女だから、ピューリタンやプロテスタントの青い瞳に金髪の女性、というわけにはいかなかったはずだから、多少とも南アメリカの血の混入を感じさせる美人だったのではないか。髪が黒く、顔立ちがラテン系ならそれでいい。

 子供の僕が好いていた小さな箱入りのサン・メイド干し葡萄が、いまでもあるのを目の当たりにして、ある日の午後、僕は下北沢で驚いていた。下北沢のあの北口のマーケットのなかの店に、あったのだ。箱のサイズ、ぜんたいのデザイン、紙の感触など、子供の僕がほとんどいつもポケットに入れていたあの箱と、ほとんどおなじだと僕は断言したい。このサイズの箱に入ったサン・メイドの干し葡萄が、いまでもあるとは。箱の蓋を開けると、干し葡萄がなかにじかに入っているのも、昔とおなじではないか。

 いまでもこの小さな箱入りが生産されているからには、けっして小さくはない、しかも一定した需要が、続いているということではないか。この箱をひとつ、バッグに入れておく、あるいはポケットにしのばせておく、という人は多いのだろう。箱の外側を測ってみた。縦が七十三ミリ、横幅が五十四ミリ、そして厚さは二十三ミリだ。このサイズは素晴らしい。

 箱のデザインは昔とほとんど変わらない。太陽の乙女が描いてある。昔のと比較すると、思わず笑ってしまうほどに、いまふうの女性になっているはずだ。髪は黒い。ラテンの血筋をほのかに感じさせる顔立ちだ。この人を僕は子供の頃から知っている、と言いたいけれど、子供の僕が箱に見ていた乙女を仮にその初代だとすると、二〇〇五年の夏の初めに下北沢で再会した乙女さんは、初代から数えると四代目である可能性は充分にある。だから四代目のこの美人には、子供の頃に曾祖母にお会いしましたよ、とでも僕は言うべきか。

 ヒルズ・ブラザーズという商標のコーヒーを父親は好んでいた。僕が知るかぎりでは、コーヒーの実ではなく、挽いて粉にしたものの缶詰が、自宅に常にいくつもあった。グラム数で言うと四百グラムほどの缶がもっともポピュラーで、いつもいくつもあるから、当然のこととしてそれらは僕の玩具となった。積み上げてみたり、次々に転がしてみたり、遊びかたの工夫にはつきるところがなかった。だから缶の側面にカラー印刷してあったひとりの男性を、僕はこの頃から知っている。当時はたいした根拠もなしにインド人だと思っていたが、何人ということではなく、コーヒーの本場の人、というほどの意味を体現している人だろう。

 頭には白いターバンを巻き、鼻の下から顎ぜんたいにかけて、もみあげからつらなる立派な白い髭をたくわえている。仰ぎ見る途中のような位置に顔があり、その顔の前に白いカップをささげ持ち、白い髭の隙間からコーヒーを飲んでいる。オレンジ色のカフタンのような服には、白抜きで花模様が散っている。花ではないかもしれないが、僕には花模様に見える。白い靴下につま先の上がった黒革のヒールのないスリップ・オン、といういでたちだ。立ち姿ぜんたいを横から見たところが描いてある。右脚をかなり大きくうしろへ引いている。父親がコーヒーを飲むとき、このポーズを真似して僕もコーヒーを飲んだ。

 いまの日本ではスーパーの棚にヒルズ・ブラザーズのコーヒー缶が、いつも大量に並んでいる。種類によっては、いま僕が書いたような男の人が、缶の側面に健在だ。半世紀を越える時空間などなんの関係もなく、この人は僕が子供の頃に見ていたのとまったくおなじ、同一人なのだと思うことにしよう。

 ジェマイマ小母さんという人も僕は子供の頃から知っている。レディ・ミックス・フォ・パンケイクス・アンド・ワッフルズ、つまりパンケーキを焼くための粉が入っているボール紙の箱に、ジェマイマ小母さんは描いてあった。頭に布をターバンのように巻いた、恰幅のいい、快活で陽気で、きわめて鋭くてあなどれない、見るからに料理上手な黒人女性というイメージが、まさに絵に描かれていた。実在した人物だ、という話を聞いたことがある。

 ジェマイマ小母さんのこの箱も、いつも自宅にたくさんあった。小母さんの顔が見えるようにならべておくと、ずらっとおなじ顔が物置として使っている部屋の奥にあって、クエイカー・オーツの小父さんとともに、異彩を放っていた。赤い箱とか黄色い箱とか、いろんな種類があったようだ。コーン・ミール。ホミニー・グリッツ。クイック・グリッツ。なにを粉にしたかによってさまざまに異なるのだが、いちばん人気があったのは四種類の粉を混合させたものだった。小麦、とうもろこし、ライ麦、そして米の、四種類だ。

 子供の僕はこの粉を使ってパンケーキを焼くのが得意だった。焼くときはいつも僕の役、などと書くと駄洒落のようだが、友だちにしばしばふるまった。大小二枚の間にバターをはさんで溶かし、上からメイプル・シロップをかける、というのがいちばん普通の食べかただった。溶けやすいチーズを薄くスライスし、焼きたてのパンケーキをふたつに折りたたんでそのあいだにはさみ、上からメイプル・シロップをかける、というような食べかたは、いまでも好まれるはずだと僕は思う。

 一九八十年代のなかば、ハワイの田舎町のグローサリーにいて棚の上のほうにふと目を向けたとき、そこにあったパンケーキ・ミックスの箱にジェマイマ小母さんの顔を見たときには、ほんとに驚いた。変わり果てたジェマイマ小母さん、と言っていいかと思うが、町のあらゆる施設が白と黒に区別されていた時代から、公民権運動をへて機会や権利の均等、人種ジョークの嵐、人種ハラスメントなど、さまざまにくぐり抜けてきたジェマイマ小母さんは、ほんとによく陽焼けしている白人女性としか見えないほどに、往年の黒人的な特徴のいっさいを失っていた。

底本:『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』NHK出版 2005年


『白いプラスティックのフォーク──食は自分を作ったか』 カリフォルニア コーヒー 干し葡萄
2019年12月17日 11:00
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