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日本史のなかの最初の国民投票

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二〇〇四年一月六日*本文末「まえがき」参照

 二〇〇三年十一月の総選挙で使われた自民党のマニフェストのなかに、次のような項目があった。「結党五十年の二〇〇五年十一月に改正憲法の草案をまとめ、国民的な議論を展開する」。この選挙で自民党は自公連立の多数与党となった。マニフェストにあげた改憲は、したがってすでに国民の合意を得ている、というようなことになっているのではないか。

 憲法を改正するために必要な国民投票法案、そして国会法改正の法案を、二〇〇四年の通常国会に提出する予定だという。衆参両院の憲法調査会は、〇五年の初めには調査を終えて報告書を提出する。そこで憲法改正委員会がおそらく設置され、〇五年以降はこの委員会が憲法問題を論議する場になるのだろう。

 自民党総裁の任期は〇六年の秋に切れる。次の年、〇七年には、憲法改正をめぐって国民投票がおこなわれることになるようだ。そのためには国会は改憲の発議をしなくてはいけない。国会議員の三分の二以上の賛成が必要であるとする現在の規定は厳しすぎるからまずここを改正し、賛成は過半数あればいいということにしようではないか、といった段取りも考えられているという。

 護憲という方針に対して、改憲という考えかたが、確実に力を増してきている。論憲、創憲などといろいろあるが、これから先どの内閣であれ、改憲を推進させる方向へと、方針はすでに定まったと言っていい。しかし、憲法改正委員会での論議が、どの程度の内容のものとなるか、心もとないかぎりだ。現在まで半世紀を越える時間のなかでの、国会における憲法論議の歴史を点検すると、心もとないかぎり、というような言いかたではすまされない。

 自分や自分の生活、日本の社会ぜんたい、そしてそのなかでの自分の人生など、とにかくすべてが憲法という秩序のなかにある事実を、痛切に身にしみて実感している人は、沖縄に住む人たちを別にすると、そもそも皆無に近いのが現状ではないのか。いまの日本国憲法には国民の権利ばかり書いてあってけしからん、もっと責任や義務も明記すべきだ、というとんでもない論に、国民の半数近い人たちは賛成するような気がする。

 国家を運営する人たちが重大な失敗を犯したり道を誤ったりしないよう、彼らが絶対にやってはいけないことを箇条書きにしたものが憲法だ、という程度の理解は難しいことでもなんでもないはずだが、ここまですら到達していない人が半数はいるだろう、と僕は思う。憲法を守るべき人は、もっともわかりやすく言うと国家公務員であり、その頂点に立つのが首相だ。その首相は自衛隊をイラクに派遣する根拠に憲法の前文を掲げ、そのことによって憲法前文に違反するという、憲法とはなにかを知らなければこそ出来る離れ業を演じてみせた。

 憲法をめぐるこれまでの最大の争点は第九条だった。これからもそのことに変わりはないとしても、第九条だけを改正すれば改憲になるという時代はすでに終わった。憲法が作られた時代には想像もされなかったような、したがって憲法には想定されていない複雑でやっかいな問題が、いまは数多くある。これらを綿密に取り込もうとするなら、とてもではないが改憲ではすまない、まったく新たな憲法を作り上げる必要がある。第九条は時代に合わなくなったという意見は支持を得やすいが、第九条を積極的に国際的にまともに機能させたことが、戦後の日本には一度もないことを、忘れてはいけない。

 したがって第九条は争点としてはやや後方へ下がる。自衛隊を軍隊にするのは当然だ、という民意はすでにかなりのところまで出来ている。これから先のアジアでの日本の安全保障にとって軍隊を持つのは当たり前だという考えは、いまよりもっと高まるだろう。第九条はすんなりと改められ、自衛隊は軍隊になるだろうけれど、問題となる部分はひとつずつ厳密に規定しておかなくてはいけない。海外への派兵は当然だ、非核三原則は現実的ではない、というような方向で進むと、日米安保条約が憲法のなかに大きく食い込んで憲法を侵していくという、戦後半世紀を越えて続いた歴史を、さらによりいっそう増幅させるかたちで推進することになりかねない。改憲によって安保が憲法のなかにもっと深く大きく食い込むことになる。

 こんなふうに考えていくと、憲法のぜんたいをすっかり改める試みは、少なくともいまは避けておくのが賢明ではないか、と思えてくる。イラクがどうなるか予測はつきがたいし、テロとの戦いという戦争は拡大されるだろう。新しく作られる憲法の内容が、このような現在の国際情勢から影響を受けることがあってはいけない。ぜんたいの改正よりも、必要な箇所に明確で厳密な修正を加えていくやりかたが、もっとも賢明ではないか。

 いまの憲法はアメリカから押しつけられたものだという言いかたは、すでに言いつくされた結果として、もともとほんのわずかしかなかった論拠が、すでに消え失せている。占領が始まってすぐに、GHQ(連合国総司令部)は民主的な新憲法を作成して提出するよう、日本側に求めた。日本側が提出したのは、明治憲法の語句をほんの少し変えただけのものだった。再度の提出をGHQは求め、それも前回とほぼおなじ結果となり、これでは埒(らち)があかないと判断したGHQは、占領軍という軍隊の仕事として、日本の憲法を作った。それまでの日本の歴史のなかに、民主主義がまったくなかったわけではないけれど、戦争の時代を経て大敗戦を体験し、その直後に民主的な憲法を草案せよと言われても、どうすればいいのか日本はわからなかったのではないか。

 このような成立の経緯を持つ憲法で、戦後の日本は半世紀以上の時間を乗り越えてきた。改憲によってこうした歴史が断ち切られ、消えてしまうのは、長期的に見てけっして好ましいことではない。オリジナルはそのままに残しておき、修正を加えていく。どんなところから日本の憲法はスタートし、どの部分がいつどのように修正されたか、歴史的な経緯は一目瞭然にしておくべきだ。改正草案のぜんたいは提示されるとしても、それが最終的にまとまるとどのようなかたちや内容になるのか、それは明らかにされないままに改憲か否かの国民投票がおこなわれ、改憲となったあとで全文が公表される、というようなこともあり得なくはない。憲法をめぐって民間に英知は豊富にあるけれど、それに政府が関心を示したり、なんらかのかたちで草案のなかに取り込んでいくという作業を、積極的におこなうとは思えない。政府は徹底的に疑ったほうがいい。それこそが憲法の精神なのだから。

 いまの憲法に修正すべき箇所はたくさんあるはずだ。第六十五条はなにか、と問われて答えられる人は少ないだろう。夜の駅前で残業帰りのサラリーマンに聞いてみるといい。「行政権は内閣に属する」とする第六十五条によって、政治権力である内閣は、行政をもその権力のなかに持っていいことになっている。二〇〇五年にまとめる予定の憲法改正案の前文の部分に関する方針を、二〇〇三年の十二月三十日に自民党は発表した。世界の平和と繁栄のための日本による国際貢献、日本の歴史や文化そして伝統や国柄の継承、健全な愛国心、基本的人権。これらを前文に明記したいそうだ。

 明記するとは、どういうことなのか。「日本国民は国際社会の平和と繁栄の実現に積極的に貢献する」といった文章になる予定だという。自民党の選挙公約に似ている。あれもします、これもしますと選挙のときには盛んに言っておき、選挙が終われば打ち捨ててかえりみない、あの公約だ。平和と繁栄のためにいまはこの戦争を戦う、というようなことにもなりかねないのだから、平和と繁栄をどのような理念に立つどんな手段で実現させようとするのか、可能なかぎり根源的なところまで言葉にしなくてはいけない。

 日本の歴史や伝統そして文化の継承についての文言は、日本人のアイデンティティにかかわるものだという。アイデンティティはひとりひとりが自前で作り出したり、あるいは選び取ったりするものなのではないか。国民ぜんたいに大きく網を打ち、これが嫌な奴は日本人ではない、というようなかたちで強制するものではない。

 基本的人権についても明記するということだが、これがいちばん怪しい。改憲したがっている人たちの多くが狙っているのは、第九条ではなくじつは基本的人権なのだ。明記すると同時に、義務についても言及すべきだという意見があり、それについてはこれから時間をかけて調整するという。ますます怪しいではないか。調整した結果がどのようなことになるか。最新の前例は有事関連法制三法案のなかに確定された、「人権は最大限守られなければならない」という文言だ。「最大限」という平凡なひと言をここに置くことによって、「最大限」からその下に向けて、有事の際の人権に関して、いくつもの程度差を設けることが自在に可能となった。本来なら「最大限」であるべきだけれども、有事であるいまはここまで、という具合に。「守る」という言いかたではなく、「守られなければならない」という言いかたになっているのは、なぜなのか。守りたくても守れない場合、つまり守ることを国家が放棄する場合が充分にあり得る、ということにほかならない。それに有事は、けっして軍事的な事態だけに限られるものではない。日本国家存亡の危機がせまっているのだろうか。

(『影の外に出るー日本、アメリカ、戦後の分岐点』2004年所収)

今日のリンク|コラム「憲法改正草案を発表」「日本国憲法改正草案」「日本国憲法改正草案Q&A」〔PDF〕自民党・公式ホームページより

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*「まえがき」より

影の外に出る

 二〇〇三年の夏が終わろうとする頃から、主として報道をとおして、次のような言葉がこの僕の目や耳にも、しきりに届くようになった。日本の主体的な判断。国益。対米協力。国際社会への貢献。イラク復興の人道的支援。非戦闘地帯。アメリカ追従。状況を見きわめる。隊員の安全には配慮する。テロとの戦い。秋が来てそれが深まっていくにつれて、これらの言葉が飛び交う密度はいちだんと濃くなっていった。印象としては、いわく言いがたい奇妙な違和感のある言葉ばかりだった。このような言葉によって、いったいどんな内容のことが、どのような人たちによって、どんなふうに語られ論じられているのか、僕が興味を抱くにいたった最初のきっかけは、僕がどの言葉に対しても感じた、たったいま書いたとおりの、いわく言いがたい種類の奇妙な違和感だった。

 考え抜かれた末のものであれ、ろくになにも考えてはいない結果のものであれ、人の口から他の人たちに向けて出て来る言葉というものは、その人がその問題に関して考えをめぐらせた証拠のようなものだ。こういう言葉で言いあらわされる思考とは、いったいどのようなものなのかという淡い興味を持った僕は、おなじような問題をめぐって自分でも考えてみることにした。考えた結果として、自分にはどのような言葉が可能になるのか。自分でも言葉を使ってみることによって、自分が感じている違和感の内側へ、多少とも入ってみることが出来るかどうか。

 この本に収録してあるいくつかの文章の最初のものには、二〇〇三年十月二十日の日付がある。文字どおりこの日に書いた、というわけではないが、この日付の近辺でまず僕はこれを書いた。誰に依頼されたわけでもなく、どこに対して責任があるわけでもない、自分ひとりだけのために書いてみるという、きわめて個人的な営みとしての文章だ。軽く読めるタイプのほんのちょっとした時評のような文章だ。そのように書きたいと思ったからではなく、こんなふうにしか書けないからという理由で、こうなっている。

 書き始めて僕は面白いことをひとつ発見した。気楽な文章であるとは言え、相手にする領域はたいへんに広い。日本国内だけではなく世界のいたるところで、時々刻々と発生してはただちにさまざまに変化しながら複雑に重なり合う事態、といったものぜんたいをカヴァーしなくてはいけない。ごく基本的な材料を手もとにためておくだけでも、作業としてはかなりの時間を必要とする。これはしかし当然のことだからそれでいいとして、問題はその奥にある。

 世界じゅうで時々刻々と発生しては変化していく事態がどこまでも続くのだから、そのなかに巻き込まれると、そこから出られなくなる。つきあいは際限なく続くから、たとえば文章を書く仕事をそこでするなら、どこまでも書き続けなくてはいけない。書くためには考えるのだから、こういう世界で仕事をする人たちはすべて、考え続けなくてはいけない。時々刻々に合わせて考えるだけでは足らない。そのずっと向こうを正確に見とおす視線で考える必要がある。

 考えることをどこかでやめると、考えを停止したことによってそこから先に発生するマイナスは、借金が雪だるま式に大きくなっていく、というようなことに例えることが出来る。思考を停止した人が最も陥りやすいのは、べきである、べきではないという、すでにその人のなかで出来上がって固定されている価値観によって、すべてを性急に裁断してしまうことだ。その人の価値観はその人の財産であり、少しだけおおげさに言うなら、それはその人の既得権益のようなものだ。これを守ろうとして活用される、べきである、べきではない、という価値観は、持続させることがもはや不可能なほどに効用のつきた制度であり、現在という現実に対して、これほど無力なものはない。


2004年 『影の外に出る──日本、アメリカ、戦後の分岐点』 アメリカ 憲法 戦後 日本 民主主義
2016年5月2日 05:35
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