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「時代」は「自分」にまかせろ

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 もはや数十年前のことになるけれど、あるときあるところに僕は生まれた。そのときそこに生まれた、と言ってもいい。具体的に言いたくなくてこう言っているのではなく、「時代」のなかには生まれていない、ということを言いたいからだ。

「お生まれになったのは、どんな時代だったのですか」「いやあ、大変な時代ですよ。両親はよく生みましたねえ」などという会話がときたまある。このような文脈での「時代」とは、過去のなかのある期間、たとえば僕が赤子だった二、三年間を意味しているだけだ。過去の特定の期間を指してそれを「時代」と呼ぶのは、ごく普通の言いかただ。曖昧にせよおたがいにほぼ共有している、過去のその時期の特徴的な風潮や傾向などをひっくるめて、あの頃とは言わずに単に「時代」と言っている。

 過去のある特定の期間に関して、こんなふうに使われる「時代」という言葉は、いまこの現在だけを言いあらわすために使う、現在形そのものである「時代」の転用だ。いまこの現在のみを言いあらわす現在形の「時代」とは、「時代は変わった」「いまこの時代を生きるにあたって」「時代は人々になにを求めているのか」「時代の要請にどう応えるか、生きのびる道はそこにしかない」といった使われかたのなかの「時代」だ。

 なぜいまのことを「時代」と言うのか。いま、という言いかたでは決定的にもの足りないからだろう。現在という言いかたは、時制を言いあらわすだけだ。現代ではあらたまりすぎて抜け落ちるものが多い。いまをまさにいまたらしめている、いまが持っている具体的な特徴のすべてをひとつにひっくるめた言いかたを探すと、「時代」しかない。だから誰もがいまのことを「時代」と言う。

 封建時代とか石器時代のように過去の特定の期間を言いあらわすための「時代」という言葉は、封建制や石器など、かつては確かに存在した具体的な事物を、うしろだてとして持っている。「僕が生まれた時代」には、僕が生まれたりもしている。では、いまこの現在だけを意味する「時代」は、どのような具体物によって裏書きされているのか。

 いまにしかないもの、いまをいまらしく特徴づけている、いかにもいまらしいもの、これこそいまだと多くの人が認識しているものなど、いっさいがっさいすべてが、「時代」という一語には常に取り込まれている。いま的なものすべてをイメージとして言いあらわす、きわめて便利な言葉、それが「時代」だ。なにしろすべてが一語に託されているのだから、「時代」はじつはイメージ用語にならざるを得ず、結局はイメージ用語でしかあり得ない。「時代」というイメージを、「時代」という言葉が言いあらわす。

 イメージ語であるこの「時代」という言葉が極大だとすると、極小の側でおなじようにイメージ語となって盛んに使われている言葉は、なにだろうか。「時代」が極大なら、そのなかに生きるたくさんの人たちのうちのひとりが極小だ。そのようなひとりの人を言いあらわす「自分」という言葉が、極小ではないか。「大転換期に生きる自分」「時代のなかで自分をどう実現させるか」「時代の要請に応えられる自分を作る」といった「自分」だ。「時代」という言葉と完全に対称しているではないか。

 人々がなんとなく思い描くいまという「時代」のなかに、おなじくイメージとしての「自分」という人がいる。ではその「自分」という人は、「時代」のなかでいったいなにをしているのか。なにもしてませんよ、という意見はあり得る。しかし、なにもせずには生きていけない。たいていの人はいろんな苦労をひとつずつ手当てしながら生きている。いつまでも連続するその苦労の日々のぜんたいを「時代」というイメージにし、そしてそれと向き合う「自分」というイメージを対置させて、なにかいいことがあるのだろうか。

 ありふれた片々たる苦労の数々では、「自分」としては納得がいかないのか。「時代」という巨大なぜんたいと渡り合う「自分」という、ウルトラマン願望とも言うべきものを、せめてイメージの上でもいいから実現させたいのか。

 僕自身はどうなのか。そのときそこに生まれた僕は、大人になるまでは大人へと成長していく数多くの苦労をこなした。大人になってからは、多くの場合は仕事と呼ばれる、地から涌いたり天から降ったりする、もはや数知れぬ、したがって無数と言っていい苦労を、肯定され得るかたちで解決し続けてきただけだ。「時代」と「自分」がシンクロしたわけではないし、「時代」のなかに「自分」が活路を切り開いたわけでもない。「時代」というものは「自分」という人にまかせよう。僕はそのどちらとも、なんの関係も持ちたくないから。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年


2004年 『自分と自分以外ー戦後60年と今』 自分
2016年3月21日 05:30
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