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ハイウエイのかたわらに立つ、巨大なドーナツや恐竜

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 世界最大のマカロニ、と呼ばれている建造物のことを、アメリカの友人から聞かされたのを僕はいま思い出している。

 どこだったか場所は忘れたが、ハイウエイ沿いのガス・ステーションのすぐかたわらに、その世界最大のマカロニは、ごろんと転がるように建っているのだそうだ。マカロニと言われて反射的に思い出す、あの二センチくらいの長さのチューブである典型的なマカロニひとつを巨大にブロー・アップした建物であり、その直径は四十フィートちかくあるのだと、友人は言っていた。

 ハイウエイの両側に続いている、荒野と呼んでさしつかえないだだっ広い土地のなかに、この世界最大のマカロニは、突然、ある。自動車で走って来てこの巨大なマカロニをはじめて見た人は、これはいったいなにだろうか、と思う。マカロニの壁面には、「世界最大のマカロニ。自動車でなかを走り抜けることができます」と、大きく書いてある。

 やがて、標識が見えてくる。その標識には、「世界最大のマカロニ。入口はこちら」と書いてあり矢印がそえてある。ドライヴァーは、思わずそちらのほうへ自動車を向けてしまう。なにしろ直径が四十フィートだから、マカロニはたしかに大きい。木材で骨組みをつくり、スタッコを塗りこめた素人の手になる建造物だが、入口に近づいていくとかなり迫力がある。

 マカロニの内部は平坦な二車線になっていて、中央の両側にトイレットが作ってある。片側は男性用、そして反対側は女性用だ。世界最大のマカロニのなかで用を足し、出口から出て道なりにいくと、ガス・ステーションの前へくる。ここを経由してハイウエイにもどるしかけだ。用足しのついでに、お客はガソリンやオイルを補給し、ソフト・ドリンクを飲んでいく。

 友人から僕がかつて聞かされた世界最大のマカロニは、ざっと以上のようだった。そのガス・ステーションのオーナーが、客寄せと話題のために作ったものだ。友人の話を聞いて、一度は見てみたいような、あるいは見てもそれほど面白くもないだろうなというような、不思議な気持ちになったのを、いまでも覚えている。

 マカロニを訪ねるチャンスはまだないが、世界最大のドーナツ・ホールには、何年もまえに偶然、立ち寄ったことがある。

 そのドーナツ・ホールは、カリフォルニアのラ・プエンテという町にある。地面の一部分がそのままぶわっとふくらんでそびえ立った、という雰囲気で、前後に巨大なドーナツが二個、建っている。ふたつのドーナツのあいだは、ドライヴ・スルーのレストランだ。一九六三年につくられたものだそうだ。僕が見たのは、一九七〇年代のはじめだった。

 巨大なドーナツには「ザ・ドーナツ・ホール」と明記してある。ファイバー・グラスをつぎ足して作ったこの二個のドーナツを別にすると、なんということもないただのドライヴ・スルーだ。しかし地元では名所のようになっていて、たとえば結婚式のあとで新郎新婦が自動車に乗ってこのドーナツの穴をとおり抜けるのが、慣行になったりしているという。ジョギングする人が手を振りながら走り抜けていったりもする。

 ラ・プエンテの町の、このザ・ドーナツ・ホールが、写真と記事で収録されている本を、いま僕はながめている。J ・J ・C・アンドリュースという人物が全米を旅して写真を撮り集め、みじかい文章をそれぞれに添えて1冊にまとめた『立派にできた象さん』というタイトルの本だ。表紙に出ているこの象さんは、ニュージャージー州にある高さ六階建ての象のかたちをした、ルーシー・ジ・エレファントというレストランだ。

『立派にできた象さん』を見ていたら、マカロニはのっていなかったが、ドーナツ・ホールのほかに僕が見たことのある愉快建造物が、いくつもとりあげてあった。

 シアトルのガス・ステーションに、巨大なカウボーイ・ハットとカウボーイ・ブーツとをコンクリートで造り、店の建物の一部として使っているところがある。ハット・アンド・ブーツと呼ばれて、地元では非常に有名だ。モノクロームの写真では色の鮮やかさが伝わってこないが、ブーツが黄色にブルー、そしてハットがブラウンで、たいへんに美しい。ブーツはトイレになっていて、そのわきにコンクリートでつくったサボテンが一本、立っている。カウボーイ・ハットの広いつばの曲面は、スケートボード全盛のころ地元のスケートボーダーたちがなんとか一度はライドしてみたいと思っていた場所だ。

 カリフォルニアの荒野のなかを抜けてパーム・スプリングスへ向かうハイウエイのわきに、実物の三倍の大きさという恐竜が立っている。愛称をディニーというこの恐竜は、青くて広い空や荒野の殺風景さに圧倒されてたいしたことはないが、モノクロームの写真で見ると薄気味わるい迫力は充分に伝わってくる。ジュラ紀のプロントザウルスであるこのディニーちゃんのそばには、背中がすべり台となったティラノザウルス・レックスもいる。

 コンクリートで生き物を模したこのような独特なタッチを、以前にどこかで見たことがあるなあと、ディニーの頭を地上から見上げつつ僕は思った。建造主である男性は、ノッツ・べリー・ファームでいろんなもののコンクリート像を作っていた人だと、J・J・C・アンドリュースの文章で知り、僕は納得した。

 マカロニ、ドーナツ、カウボーイ・ハット、プロントザウルスなどのほかに、いろんなものを巨大にかたどった建造物が、アメリカのあちこちにたくさんある。

 アーティチョーク。カボチャ。ミルク瓶。ティーポット。スフィンクス。ノアの箱舟。オレンジ。靴。フクロウ。カエル。犬。グランド・ピアノ。豚。飛行機。マッシュレーム。レモン。氷河。カメラ。魚。ウォーターメロン。ハンバーガー。インディアンのテント。鯨。というふうに、リストにしていくと次から次へといろんなものが登場してくる。そのほとんどが素人建築であり、まともには相手にされないが、機能という定石に忠実なあまり、すっかり夢を忘れてしまった現代の建築に対して、なにかを語りかけていることだけは確かだ。板で作った巨大なウォーターメロン・スライスのカラー写真をつくづくとながめ、添えてある文章を読んでいたら、遠い夢の国へ出かけて来たあとのような、ぼうっとした気持ちになってしまった。

『立派にできた象さん』という本をつくったJ・J・C・アンドリュースは、デイヴィッド・ボウイのアメリカ・ツアーのプロデューサーおよびマネジャーとして仕事をしていたとき、ツアーの途中で巨大なハンバーガーのかたちに作ったハンバーガーの店を見て以来、愉快建造物に対して深い興味を抱くにいたったという面白い人だ。愉快建造物を求めて本格的にリサーチし、全米を旅して写真を撮り、建造者にインタヴューし、見取図を作ったりクロス・セクションを描いたりすることをとおして、愉快建造物を自分のものとして所有することに彼は熱意を燃やしている。もとをただせば建築を専攻した人だから、断面図が気になったりするのだろう。

 かつて友人から聞かされた世界最大のマカロニがいまでも健在なら、アンドリュースの本にかならずとりあげられたはずだ。しかし、マカロニのことは、ひと言も出ていない。もうないのだろうか。

『本についての、僕の本』新潮社 1988年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年

well-built elephant
The Well-Built Elephant and Other Roadside Attractions : A Tribute to American Eccentricity
J. J. C. Andrews
1984

今日のリンク:
“象さん”はこちら。巨大なドーナツの穴はこちら(動画)。
LOS ANGELS CONSERVANCY:The Donut Hole


1988年 1995年 J・J・C・アンドリュース 『本についての、僕の本』 『立派にできた象さん』 『自分を語るアメリカ』 アメリカ エッセイ・コレクション ドーナツ ハイウェイ 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』 道路 高速道路
2016年6月3日 05:30
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