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最終的な課題はぜんたいのスペースだ

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heidi
(Heidi Goennel, My Day, Little Brown & Co, 1988)

 ヘイディ・グーネルの絵本『マイ・デイ』は、くすんだ金髪を二本のおさげに編んだ少女の一日を描いている。ある日、朝起きてから夜寝るまでが、この一冊になっている。

 おさげの少女は、朝早くに起きてくる。新しい一日をはじめるのが、彼女は大好きだ。

 彼女は服を着る。ビッグ・ブレクファストを食べる。スクール・バスに乗る。学校へいく。教室で勉強する。音楽の時間には、彼女はヴァイオリンを引く。友達は耳を押さえている。昼食の時間が来る。午後は絵のクラスだ。彼女は、絵を描くのが好きだ。

 彼女は自宅へ帰る。友人たちと遊ぶ。自転車に乗る。かくれんぼをする。夕食のまえにする彼女の仕事は、犬に餌をあげることだ。弟らしき人が、手伝っている。それから、家のなかの植物に、水をあたえる。

 夕食のあと、彼女はTVを見る。本を読む。ベッドの上で宿題をする。

 風呂に入ったあと、彼女は日記を書く。夜の空を、窓ごしに見る。ベッドに入り、明日の夢を見る。

 少女の頬のふくらみが、素晴らしい。彼女の髪の色をきめることによって、この絵本のなかに使う色の調子や数が、きまってくる。

 人物や物は、すべて簡略化されて描かれている。じつに巧みなのだが、巧みさを感じさせない。それどころかページをめくっていくにしたがって、さりげなさは増幅されていく。

 ぜんたいを丁寧に、注意深く見渡す配慮は、がっちりとした骨太の構成力で、各ページの上に少女の世界を描き出す。

 色と形のバランス、つまり、使ってあるいくつかの色と、それぞれの色の面積のバランスこそ、このような絵本の生命だ。その生命をページのなかに創造するためには、どうしてもぜんたいへの確かな視線を、欠かすことが出来ない。ぜんたいを見渡す確かな視線は、必要にして充分な遠近法だ。ほどよい奥行きは、ぜんたいの落ち着きを生み出す。そしてそれは、安心感につながる。

 最終的な問題は、やはりスペースだ。人にとって、真にゆとりを感じることの出来る、安心感に満ちた空間はま丶どのくらいの広さであるのか、それをきめることだ。それだけの空間が保証されてはじめて、色が重要な課題となってくる。色が最初にあるのではない。最初にあるのは、ほどよい奥行きをたたえた、安心出来る充分な広さだ。

 一冊の絵本は、そのようなことを、それを見る人に教えている。おさげの少女の、自宅の全景を見てほしい。ひとりの少女を本気で大事にするなら、社会の大人たちは、彼女のためにこの程度のスペースは確保しなくてはいけない。

『ノートブックに誘惑された』角川文庫 1991年所収
底本:片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』太田出版 1995年


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2016年1月14日 05:30
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