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英字表記による日本語

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 二〇一七年の五月だった、と思う。町田の東急百貨店の東側の建物の正面に回廊から入ると、そこはその建物の二階だ。いくつもの店子がスペースを得てそれぞれに店舗を構えて営業している。その形態はいまも全館にわたっておなじだ。二階へ正面から入ってすぐ右側のスペースの店舗は、いまでは別の店だが、かつての店舗の前に、店の前をとおる人たちに向けた告知のボードが立ててあった。開いて立てかけたところを横から見るなら三角形になっている、あのボードだ。店の前に出しておくのにちょうどいい大きさの縦長の長方形のスペースに、次のような文言がデザインしてあったのを、とおりかかった僕は見た。

 2 item BUY

 10% OFF

 AND

 DELIVERY FREE

 淡いベージュ色の地に英文字と数字で、以上のような四行にデザインされている告知を、立ちどまった僕は見た。意味はすぐにわかった。二点お買い上げで一割引き送料無料、という意味であり、それ以上の意味はない。一見したところ、その英文は、スード・イングリッシュだ。スードとは、本物のように見えるけれどもじつはまったくの偽物、というような意味だ。そして僕は、これはスード・イングリッシュではなく日本語なのだ、と判断した。

 店の前に立てかけておくボードに、二点お買い上げで一割引き送料無料、という日本語の文字をデザインしたくなかったのだ。だから英文字と数字でデザインしたのだ。日本語はいま、少なくともこの程度なら、英文字による表記へと、拡張することが可能なのだ。これは英文字表記による日本語なのだ。

 Itemが複数にすらなっていないではないか、というようなことは、もはや指摘しないことにしよう。大文字と小文字の使い分けのルールも守られてはいないが、このようにデザインしたい、という気持ちの前にルールは無用だろう。数字は文字で書いたほうがいいかな、とも思うけれど、いまの日本に広まっているデザイン感覚によるなら、たとえばtwoよりは2のほうが好ましいのだろう。

 2 item BUYを、Buy two items.とするなら、二点買うなら、という意味になる。そのあとへいきなり、10% OFFという語句がくることは、英語の語順としてはあり得ないが、「トゥー・アイテム・バイ・10・パーセント・オフ」と言うなら、ピジン・イングリッシュの音声として、充分にしかも正確に、意味はつうじる。そのあとに「アンド・デリヴァリー・フリー」と続けるなら、そのピジン・イングリッシュは完璧だと言っていい。

 DELIVERY FREEは、配送料無料、という日本語の語順に影響されているのだろうか。これでいいような気もしてくるが、これではよくない、という態度を守るなら、free deliveryであり、これを顧客が手にするためには、二点を購入する、というアクションとは別にもうひとつ、動詞が必要になってくる。

 告知の英文字表記のなかにあるBUYは、普通は動詞として理解されるのだが、ここではまったく動詞などではない、という可能性が充分にある。二点購入したら一割引きの上に配送料が無料になる、という最終的にそこにある状態として、この英文字表記のぜんたいは、機能しているのではないか。ふたつの品を一割引きで買い、さらに配送料が無料という状態を手に入れろ、と二種類の動詞が作動した結果ではなく、ついさきほども述べたとおり、最終的にそこにある状態が、動詞の作動結果としてではなく、状態というすでに出来上がったものとして名詞的にとらえられると同時に、そのように表現されてもいる、ということではないのか。

 英文字と数字だけのほうが、はるかにデザインしやすい、という問題もあるはずだ。雰囲気が出せる、お洒落になる。しかし日本語の文字だとそうはいかない、という問題だ。デザインはそのときの自分の気持ちの表現だとすると、デザインするにあたってもっとも重要なのは、自分の気持ちに奉仕してくれる英文字そして数字だ、ということになる。

 おなじ年の十二月に、おなじ百貨店の別な店舗の前で、2 BUY 10% OFFと表示されているボードを僕は見た。そして次の年、二〇一八年の二月上旬には、おなじ百貨店のおなじフロアで、別のボードを僕は見た。おなじ大きさのボードのいちばん上に、SALEとひと言、大きく表示され、その下に、次のような二行が、デザインされていた。

 1 BUY 10% OFF

 2 BUY 20% OFF

 英語の仮定法がなんのへったくれ、という態度は、いまの自分はこのボードにこのようなデザインをほどこしたいのです、という態度と均衡している、と僕は受けとめた。

 夏になると特売のボードをしきりに見かけた。赤い地の縦長のボードのなかに、英文字でSALEの一語が大きくあり、その下に店名が、これはたいそう小さく、しかしおなじく英文字で、配置されているのがあった。そのボードが明らかにデザイン行為であるのを見た僕は、夏の大特売や大特価販売中などの営みが、じつはデザインになってしまった日々を生きる人々のことを思うと同時に、いまから六十年ほど前、街でSALEという文字を見た若い女性に、サレってなに? と訊かれたことを、久しぶりに思い出した。

 UP TO

 70

 % OFF

 と、赤い地に白い文字で、三行にデザインされたボードも見た。UP TOという言いかたを東京で目にしたのは、このときが最初だった。70という数字は、ほかの英文字の四倍ほども大きかった。70を強調したかったのだろう。%の記号はその70とおなじ行にあるといいのにと僕は思いもするが、そのような思いは、いまここではこのようにデザインしたいのです、という思いに負けるにきまってる。

 ULTIMATE SUMMER SALE MAX 70% OFFという表示も見た。サマー・セールを形容するひと言は、ビッグやスペシャルではなく、ようやくと言っていいか、アルティメットになった。さきほどのUP TOと合わせて、このことも記念すべき出来事だ。せっかくだからMAXをやめてUP TOにすればいいのに。OFFされるのは70パーセントだが、それはなにからOFFされるのか。OFFのあとにどのような言葉が、隠れているのか。いつもの値段からパーセントがOFFされるのだから、そのいつもの値段はthe regular priceであるはずだ。

『フリースタイル』2018年12月


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2020年6月19日 07:00
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