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服は雄弁な言葉だ。気をつけて着こなそう

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 エミリー・チョーというニューヨーク女性がリンダ・グローヴァーと共著でものした1978年の本『ルッキング・テリフィック』を、ついさっき、ぼくは読みおえた。

 買ったブックストアのレシートが、はさんであった。ホノルルのウォールデンブックスで買ったのだ。ワイキキ・ショッピング・プラザという日本人むけのお買物ビルの、2階だか3階だかのいちばん奥にあるブックストアだ。店の構えを見渡して得る印象は、本屋さんというよりも、スーパー・マーケットだ。ベストセラーズを中心に、キラキラ、チカチカ、ツルツルしたような感じの、いま風の動きの早そうな本が多くそろえてあって、そういう本をどさっとひと山、衝動買いするには便利な店だ。アメリカのあちこちに店を持っているチェーン店だ。

 著者のエミリー・チョーは、表紙にカラーでうつっている中国系の女性だ。ニューヨークでしっかりと仕事をしている女性、という感じがよく出ている。着こなし、雰囲気、そしておのずからにじみ出るものなど、いちおうはなかなかの女前だ。

 ブルーミングデールのバイアー。ファブリック・エディター。雑誌『セブンティーン』のファッション・ショー・コーオーディネーター。おなじく雑誌『ヴォーグ・パタンズ』のフォトグラフィ・エディターおよびスタイリスト。そして、フォード・モデル・エージェンシーのブッキング・エージェントなどを彼女はやってきた。経歴として、不足はない。ファッションに対する目や、ものの考え方など、よくきたえられた鋭いものになっているにちがいない。

 現在のエミリー・チョーは、自分で会社を経営しているそうだ。パーソナル・ファッション・コンサルティングの仕事だ。本のなかでエミリー自身がすこし説明しているけれど、パーソナル・ファッション・コンサルティングという仕事は、面白そうだ。お客からファッションに関する相談の依頼があると、エミリーはそのお客の自宅へ出かけていく。そして、そのお客が持っている服やアクセサリー、ジュエリー、靴、かばんなど、身につけて歩くものすべてを見せてもらう。それをこまかく点検したうえで、お客のライフ・スタイルとか、つくりだしたいと願っているイメージとかを、こまかく具体的にきいていく。同時にそのお客の体型、雰囲気、ウィーク・ポイント、長所などを、これもやはりことこまかに観察し、場合によっては寸法をとらせてもらったりもする。

 お客が望んでいるイメージの方向がはっきりしてきたら、エミリーがそれを修正しつつ、ワードローブをもう一度、いっしょに見ていく。使えるものだけをきびしく選び出し、残ったものはチャリティに寄付し、自分の身辺からなくしてしまうことをすすめる。

 その結果、お客のワードローブには不足ができるから、お客の予算をきいたうえで、エミリーがいっしょにショッピングにいき、選んであげる。お客のパーソナリティやライフ・スタイル、そして服をとおして投影したいと願っているイメージなどをひとつに統一したかんじで、ワードローブを完成させてあげる。いつ、いかなる状況にも対応できるような、きちんとしたワードローブだ。

 エミリーがやっているパーソナル・ファッション・コンサルティングの仕事は、大ざっぱに書くとこんなふうだ。自分のワードローブを、いくらプロのコンサルタントだとはいえ、見ず知らずの他人にひっかきまわされることに対して女性は抵抗をおぼえるのではないかと、エミリー自身もはじめは思ったのだが、彼女がやっているコンサルティング会社『ニュー・イメージ』は、盛業中だ。

 アメリカの女性たちは、ごく一般的に言って、時間や経済に相当なゆとりのある人たちでも、ひどい服の着かたをする場合が多い。それに、彼女たちには、いわゆる人生の節目というやつが、けっこう多い。会社を替わればそれだけでワードローブも大きく変わるし、離婚と再婚をくりかえせば、そのたびに自分をとりまく状況が大きく変化するわけだから、ワードローブもそれに対応しなくてはいけない。実社会との、直接でリアルな接点が多いから、たとえば日本みたいに、ハマトラのイモお嬢さんがずるずるべったりに夕方のスーパー・マーケットの買物おばさんになっていくというような、保護されたのんきな状態でいるわけにはいかない。人間関係のあり方もまるでちがう。自分自身を、いつも、可能なかぎり最高の女前に仕上げておく必要があるわけだ。

 エミリー・チョーの著作『ルッキング・テリフィック』には、こういう感じで女性が自前で女前になっていくにあたっての心がまえとノウハウが、つめこまれている。

 ご意見うけたまわります、という気持ちになってはじめから終わりまで読んでみたところ、思いのほか面白かった。

 まず、女前、ということについての定義のようなものが問題になってくるが、エミリーによると、女前つまりルッキング・テリフィックとは、ほんとうの自分自身、つまり人が誰でもどこかに持っているはずの素晴らしい点とか力強い点などが、その人のトータルなイメージとして服をとおして常に外にむけて投影されていて、そのことによってその当人が実際の2倍にも3倍にもひきたっている状態のことなのだ。

 女前になっているとどんなふうに得をするかという、エミリーの体験にもとづいた説は、説得力があった。

 現代の人間関係はたいへんに忙しいものだ、とエミリーは言う。はじめて知り合う人たちとの、まず最初の決定的な数分間に、この人は面白い人かあるいはつまらない人か、値うちのある人かそうでない人か、力を持っている人か持っていない人か素早く判断されてしまう。そして、その判断の基準の90パーセント以上が、着ている服およびその着こなしなのだという。服およびその着こなしは、ほんとうの自分を外にむけて伝える、無言の、しかしたいそう雄弁な言葉なのだ、というわけだ。この「言葉」を、エミリーは、ボディ・ランゲージになぞらえて、クロージング(服)・ランゲージ、と呼んでいる。

 自分はどういう人なのか、自分の本質はなになのか、現在の自分はどのへんにいるのか、なにをやりたいのか、どんなライフ・スタイルにしたいのか、といったことがはっきりと自分でつかめていないと、クロージング・ランゲージはつくりたくてもつくれないのだが、あいまいに眠ったままの自分自身を、服をととのえることによってすこしずつ明確にしていくという逆のつかい方も、あるかもしれない。

(『ブックストアで待ちあわせ』1983年、底本エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』1995)

lookingterrific
Emily Cho, Looking Terrific(Ballantine Books, 1986)


1983年 『ブックストアで待ちあわせ』 『ルッキング・テリフィック』 アメリカ エッセイ・コレクション チープ・シック 書評 片岡義男エッセイ・コレクション『自分を語るアメリカ』 読む
2016年1月26日 05:30
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