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ブックストアで待ちあわせ

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 海にむけてくだっていくゆるやかな坂道が、3ブロックにわたってつづいていた。ブックストアは、まんなかのブロックの、さらにちょうどまんなかにあった。

 町のいちばん高いところから海岸へ降りていくこの坂道は、町のメイン・ストリートだった。幅の広い、気持のいい道路で、両側には歩道があり、歩道は並木になっていた。歩道の幅も広く、いつ散歩してもこのメイン・ストリートは気分が良かった。

 ブックストアには、さりげないけれどもたいへん洒落た名前がついていた。だが、ぼくたちは、ただ単にブックストアと、呼んでいた。スティショナーズ、と呼んでいる人たちもいた。

 店の横幅の中央にドアがあり、その両側に、おなじ大きさの広いウインドーが、左右対称にあった。ウインドーからは店のなかがよく見えた。そして、このウインドーには、面白そうな本や美しい本が、いつも魅力的にディスプレイしてあった。新刊本だけではなく、こんな本があったのかと楽しくなるような本をていねいにさがしてきてはディスプレイしてくれるので、ブックストアのウインドーを見るのは、楽しみのひとつだった。ディスプレイしてある本は、いいタイミングで新鮮に、いれかわった。

 店の前の、並木の枝の下に、濃いブルーに塗った木製の頑丈なベンチが、ふたつあった。ブックストアでみつけた本をこのベンチにすわって読んでいる人が、たまにいた。

 ブックストアは、白髪の上品な初老の女性が、ひとりできりまわしていた。無駄な口はきかないけれども的確に愛想がよく、若いころは美人だったにちがいないと誰もが思うような顔立ちと容姿だった。本および文房具のことをじつによく知っていて、ほんのちょっとしたしぐさや視線にも、信頼感が持てた。

 ぼくが最初にこのブックストアに入ったのは、ノートブックを買うためだった。店の間口はそんなに大きくないが、奥にむかって広い。その広い店は3つに分かれている。ドアを入ってすぐのスペースは、文房具の売場だ。ごく淡いグリーンを基調にした店内は、ゆったりと余裕があり、落着いている。充分にスペースをとってディスプレイしてあるからせせこましい印象はまったくない。それでいて品ぞろえは豊富で、文房具でこの店にないものはまずなかった。

 立ちどまって棚を見渡していると、店主の彼女が、
「なにかおさがしですか」
と、きいてくれた。
「ノートブックを買おうと思うのです」
 ぼくは、そうこたえた。
 うなずいた彼女は、
「シリアスな勉強をなさるの?」
と、かさねてきいた。
 まじめな目的のためのノートブックだったので、ぼくは、
「そうです」
と、こたえた。
「だったら、そちらのほうに、なんでもそろってますよ」
 店の奥のほうを、彼女は示してくれた。

 彼女が言うとおり、真剣に使用するためのありとあらゆるノートブックが、種類ゆたかに、たくさんそろっていた。時間をかけて何冊か気に入ったのを選び出し、彼女がいるカウンターまで持っていった。ノートブックをそこに置き、文房具売場の奥からさらに店の奥に入った。

 しっかりとした板張りのフロアは一段だけ高くなり、そこからが本の売り場だった。あらゆるジャンルの一般的な本が、よくととのった棚に、一見おおまかだがじつはこまかく正確にいきとどいたストックの状態で、たくさんならんでいた。

 本の棚の前で、ぼくは、1時間、すごしてしまった。両腕でかかえなくてはいけないほどの量になった本を、カウンターまで持っていった。
「今日はこのくらいにしておきます」
とぼくは言った。店主の初老の女性はおうようにうなずいた。ぼくがカウンターにつみあげた本のタイトルをなれた目つきで一瞥し、
「本がお好きなのね」
と、彼女は言った。

 ノートブックと本の代金を支払い、紙袋に入れてもらった。たいへんな量と重さになった。両腕でかかえて持てなくはないが、持ったままながい距離を歩くのはつらい。
 ぼくの表情を読んだ彼女は、
「歩いていらしたの?」
と、きいた。

 町のはずれちかくから、ぼくは20分ほど歩いて来たのだった。ぼくが今日から住みはじめたばかりの家がどこにあるのかを知った彼女は、ウインドーの外にむけてまっすぐに腕をのばして指さし、
「私の車を使ってくださいな」
と、言った。
 歩道の縁によせてアングル・パーキングしてある彼女の自動車は、ポンティアックのカタリナというオープン・カーだった。ヴァニラ・アイスクリームの色をした車体が、明るくて透明な陽ざしに輝いていた。

 おりかえしすぐにかえしにくることを約束して、ぼくは彼女からポンティアックのキーを借りた。本とノートブックをバック・シートにつみ、ぼくは自宅にむかった。不動産業者から借りて入居したばかりの、木造板張りの小さな家だ。町はずれの海のすぐ近くにあり、デッキからは太平洋を視界いっぱいに見渡すことができた。

 本とノートブックをその自宅に置き、せっかくだからすこしだけまわり道をして、ぼくはブックストアにひきかえした。店主の女性に礼を言ってキーをかえし、ぼくは店のいちばん奥に入った。一般的な本のあるスペースの、さらに奥だ。ぜんたいが六角形となった行きどまりのそのスペースは、フロアから天井まで本棚に囲まれ、いろんなジャンルの専門的な書物がつまっていた。スペースの中央には、部屋ぜんたいのかたちにあわせた六角形の大きくて重厚なテーブルがあり、そこにも本がならんでいた。

 そして、そのテーブルで、若いひとりの女性が、本を見ていた。入って来たぼくに、彼女は顔をあげた。ぼくと彼女の視線が、あった。彼女が、微笑した。ぼくも、微笑をかえした。彼女とぼくとが、やがてとてもいい友だちになるための、いちばん最初の出会いは、こんなふうだった。

 彼女と会うための待ちあわせの場所は、ほとんどいつも、このブックストアだった。待ちあわせの時間よりも1時間ほど早くに店へ来て、彼女がやってくるまでの時間を本さがしに使うのが、ぼくの楽しいくせとなった。ぼくがみつけた何冊もの面白い本を彼女に見せると、そのうちの何冊かは、彼女も面白がった。ちょっとでも興味を引いた本はとりあえずかたっぱしから買ってしまうのがぼくのやり方だが、もっと厳選して買いなさいと店主に忠告されていたから、待ちあわせのたびに買いこむ本は、いつも3冊か4冊だった。彼女はちかくの大学にかよって勉強している。学生だった。カリフォルニアの、海のちかくの小さな町にひとりで住み、大学で猛勉強するのが夢だったのだそうだ。ハイスクールを出て何年か仕事をしたあと、その夢を彼女は実現させたのだ。

 彼女とブックストアで待ちあわせをするのは、2週間にいちどだった。待ちあわせのたびにいっしょに本を見てすごし、よく選んで何冊かを買い、海沿いにいくつもある気分のいい店で話をし、ブックストアの店主のポンティアックを借りてとなりの町までドライヴしたりした。以上のようなわけで、ぼくにとって素敵な女性との待ちあわせの場所は、まず第一に、このビーチ・タウンにあったようなブックストアなのだ。

底本:『ブックストアで待ちあわせ』新潮文庫 1987年


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2015年11月9日 05:30
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