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貝がら売りの泣きむし男

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 昔、プロペラ機で飛行場に着陸すると、すぐに、機内に、ハワイの香りをいっぱいにはらんだ空気が流れこんできたものだった。スチュワデスのアナウンスメントの最後につける「アローハ」のひと言も、雰囲気や抑揚が、本物のハワイ語だった。だが、いまではもう、そうではない。

 タラップから飛行場に降りると、もうそこは、ほんとうにハワイだった。正面の山のほうに見える空港の建物にALOHAとあり、ひょろ高い椰子の樹が何本も立っていた。いまごろの季節の午後に着くと、吹く風は明らかに秋のものだった。機上からみた、トリプラー・メモリアル・ホスピタルに、西陽があたっていたっけ。島の奥のほうは、雨が降っているのだろう、雲の下で暗かった。

 風に吹かれ、歩いていく。風の吹き方が、まったくちがうのだ。重く、厚く、力強く、そして、圧倒的な香りをはらんで、ぶわあっと吹いてきた。

 検疫とか税関とかは、木造板張りの、平屋建てだった。階段をのぼるときの、靴をとおして足の裏にフィードバックされる感覚は、あからさまに南国だった。遠くへ来てしまったなあと、しみじみ思った人は多いにちがいない。

 エア・コンディションというものがまだ使用されてなかったと思う。天井に、緑色に塗った大きな扇風機の翼が、ゆっくりと回転していた。がらんと大きな部屋が税関だった。エア・コンディションは、あったのかもしれない。大きな部屋だから、熱気がこもって動かず、むっと暑かったのだろうか。税関を出ると、地元のひまな人たちが、たくさん集まって来ていた。出てくる人を、珍しそうに、静かな目で、ながめていた。いまは、ジャンボで飛行場に降りると、巨大な空港の建物からのびてくる蛇腹のような通路をとおり、どこの国だかさっぱりわからない建物のなかに入る。いくつかの定石的な手続きをすませて建物の外に出るとすぐにバスに乗り、ワイキキのホテルまで、走っていく。

 落ち着くホテルは、モアナとか、プリンセス・カイウラニが、とても多い。たとえばモアナに入り、荷物を置いてシャワーを浴び、着替えをして外に出てくる。新婚のカップルなら、モアナのまえのカラカウア・アヴェニューに出てきて、さて、左へいこうか、右へいこうかということになる。右へいけば、すぐに、クヒオ・ビーチ・パークだ。いわゆるワイキキの浜の、ダイアモンド・へッド寄りの端だ。砂浜にいる人たちや、陽のさしぐあい、風の吹きよう、海のありさまなどをながめているうちに、うーん、ここはひょっとしたらハワイかな、という感じに、やっとなってくるのではないだろうか。クヒオ・ビーチ・パーク、と書いた看板とか、貸しサーフボードの林立しているところなどをバックに、高級一眼レフでさっそく記念の一枚を撮る。

 この島の、ほぼ中央に、ハワイ・ホウルアースというブック・ショップがあるのだ。ヒッピーふうの放浪の人たちのコンミューンが、ごく大まかなかたちで出来ていて、その人たちのためのインフォメーション・センターみたいになっている、楽しい本屋さんだ。ここにいる友人たちと、ワイキキに出てきて冗談を言いあって笑ったことがある。クヒオ・ビーチから西のほうを見ると、三日月のかたちにワイキキ・ビーチが見える。絵葉書的なアングルでワイキキ・ビーチをこの地点から誰にでもおなじように撮れるよう、カメラを載せる台をつくって砂浜にがっちりと立てたらいいにちがいないと、ぼくたちは思ったのだ。鉄製のモノコックにし、レンズをむける方向を、カメラを載せる台に矢印で浮き彫りにするのだ。ここにカメラを載せ、矢印の方向にレンズを向け、シャッターを押せば、たとえば固定ピントのインスタマチックなどでは、じつに都合よく、ワイキキ・ビーチの記念写真が撮れるはずだ。観光名所にはすべてこのような台を立て、観光ルートにしたがって順番にナンバーをつけておくと、なおさら便利だ。冗談にとどめておかず、きちんと企画書をつくって観光局に売りこみにいこうか、などとぼくたちは言っていた。

 ハワイ・ホウルアースの友人たちには、いろんな奇妙な人物がいた。クリストファという、ぼくとおなじくらいの年齢の男は、海でひろってきた貝がらや、サンゴのようなものを、観光客に売っていた。その売り方が、面白かった。観光客なんか、めったにやって来ないような、田舎の片隅の海岸のさらに隅っこのほうに、古い黒塗りのセダンをとめ、フードのうえに白い毛布をひろげ、そのうえに、ほんとうにどうでもいいような貝がらを、無造作にころがしておく。値段を書きつけた小さな紙が、貝がらの下に、それぞれ敷いてあった。クリストファ自身は、そのセダンの運転席にじっとすわり、正面を見つめていた。人の姿なんて、めったに見えない。小雨がさっときてはあがり、そのたびに虹ができるのを、ながめていたのだろうか。

 たまたまその海岸へ出てきたぼくは、フードのうえの毛布にひろげてある貝がらをよくながめた。結構な値段がついている。

「売れるのかい」

 と、ぼくがきくと、彼は、ちらとぼくを見上げ、再び視線を正面にかえした。そして、しくしくと泣きはじめた。こういう不思議な人たちには、なんのまえぶれもなく、いきなりしくしくと泣き出す人が多い。どうしたのだい、とも言いかねて、ぼくは、じっとしていた。三分か四分しくしく泣いてから、彼は、

「おまえは、買いもしないのに、そんなことをきく」

 と、言った。

 数日後に、クリストファは、どこかへいってしまった。お昼まえから人のいない海岸へきて、車のフードに貝がらをならべ、じっとしている。夕方になると、毛布のなかにひとつずつくるみこむように貝がらを包み、助手席に乗せて帰っていく。売ることが目的ではない、ということが彼の目的だったのかもしれない。ハワイ・ホウルアースの店さきに伝言や情報が押しピンでたくさんとめてあるなかに、「貝がら売ります」という、クリストファのカードが古ぼけて色あせていた。

(初出:『町からはじめて、旅へ』1976年、底本:片岡義男エッセイ・コレクション『僕が書いたあの島』1995年)

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2017年1月2日 05:30
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