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オードリーの記憶

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 アメリカの『ヴォーグ』の一九九三年四月号を見ていたら、オードリー・ヘップバーンについての記事があった。亡くなった彼女の追悼の記事だ。さすがにと言うべきか、あるいは当然のことでありすぎるからいまさら言うまでもないことか、写真は選び抜いた一点、そしてモノクロだ。これこそまさにオードリーだと多くの人たちが思うような写真が、一点だけ、簡潔に美しく、その記事のために使用してあった。

 僕もオードリーはこの写真のような人として、記憶しておきたいと思う。素晴らしい写真だが、それをさらに削りこみ、僕だけのオードリーの記憶を作るなら、ここにあるこの写真として、僕はオードリーを記憶容量のなかに入れておきたい。

 『ヴォーグ』に掲載されていた写真が不許複製であることはよく承知しているが、写真機による引用のつもりで、僕は僕のオードリーをこんなふうに撮ってみた。

 『ローマの休日」が公開された当時、僕はまだ子供だった。黒い髪の王女には、かなり驚いた。さらにつけ加えるなら、その黒い髪の女性は、見ただけでユダヤ系とわかる。あの映画を作った監督は、ハリウッドの赤狩りで追放されていて『ローマの休日』は復帰第一作だった。赤狩りとは、おもてむきは共産主義者狩りのことだったが、当時のアメリカの保守的な価値観にとってある限度を越えてリベラルなものはすべてレッズ(共産主義者)であり、したがって赤狩りはリベラル狩りだった。

 この赤狩りで大活躍をしたのが、まだ若かったリチャード・ニクソンだ。後年、彼は大統領になった。無事に任期を終わらせることが出来なかったのは、当然のことだ。

 弾劾されてホワイト・ハウスから去るとき、ヘリコプターのドアのところに立って庭にいる人たちにむけて手を振るニクソン大統領の姿に、『ローマの休日』は僕の記憶のなかで重なる。

(2016年5月4日公開、『昼月の幸福ーエッセイ41篇に写真を添えて』1995年所収)


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2016年5月4日 05:30
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