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東京の隙間を生きる

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 東京に生まれた僕は四、五歳くらいまでそこで育った。それから十年近く東京を離れたあと、戻って来てから現在まで、ずっと東京にいる。故郷はどこですかと訊かれたら、東京ですと答える。そこしかないという意味もあるが、東京をなんとか肯定的にとらえようとする意思のあらわれでもある。なんとか肯定的にとらえたい、というような無理を人に強いてくるのが、東京という故郷なのだから。

 東京はたいへんに住みにくい。江戸の始まりからして政治都市だったし、江戸が終わって明治には、近代の荒波のなかで政治都市の性格をいっそう深めた。大正をへて昭和の戦争の時代にあっては、東京は軍国政治の中枢であり、強固な軍事帝都をめざした。戦後はそれをGHQが受け継ぎ占領が終わったあとには一党独裁が始まって現在まで続き、いまの東京は党利党益の長期政権のための政治都市だ。

 一極集中の中央集権そのものである国家機能に、企業群の本社機能が重なり、庶民生活が存分にぶちまけられ、交通機能、物流機能、エネルギー機能など、巨大に重なり合って轟々と共鳴する様子は、生きた魔界のように獰猛だ。日常の消費的商業機能や娯楽機能、通信情報機能、地下にあって目には触れないさまざまな機能など、知れば知るほど東京は桁はずれだ。

 都市という究極の人工物として、東京は変貌と増殖のただなかを、どこまでも、どこかに向けて突き進んでいるかのように見える。東京がその主題とする変貌は、過去の否定だととらえるといい。過去を否定するのだから、変貌の過程のなかに文化や伝統はいっさいなく、したがってそこには、安定して継続される日常という、人にとって基本のなかの基本のような幸せが、そもそもあり得ない。過去に幸せの追憶がなく、当然のこととして未来にも幸せは想定されていない。東京で生きる日々は、思いのほかに過酷なのだ。このような過酷さからおのずと導き出される緊張感こそ、東京に生きる人々の大前提なのだが、多くの人はまだそこまで気づいてはいない。

 このような政治都市である東京が、人々の生活に関して維持する基本姿勢は、そんなもの野となれ山となれでしかない。東京が何重にも重ねながら遂げていく激変的な変貌には、しかし、確たる哲学や戦略、方針など、なにひとつない。遂げ続ける変貌によって、そのときどきの経済が投機的に回転し、それが一極集中の中央集権を支障なく支えるならそれでいいという、極限的にすさんだ無節操ぶりのなかを、いまもこれからも、東京は突進していく。

 そして皮肉にもこの事実が、住みやすさ、なじみやすさ、もぐり込みやすさといった、東京独特の、どうしようもなく東京らしい隙間を、人の生息領域として、無数に生み出している。東京をなんとか肯定的にとらえたい、などと言っているこの僕も、振り返って点検してみれば、この隙間のひとつのなかを生きてきたことに気づく。次々にたどった隙間ではなく、曲がりくねり起伏しながらも、一本の路地のように続いている隙間だ。故郷は東京ですと言うとき、半世紀を越えていまもたどるこの隙間について、僕は思う。

底本:『自分と自分以外──戦後60年と今』NHKブックス 2004年


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2016年7月17日 05:30
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